第四話 バチルータ教会
翌日、俺とアリスは帝都アラビスブルグを見て回ることにした。ランガルド王族の二人は今後に向けての打ち合わせとかで別行動だ。案内役は部屋付きメイドのブリジットさんで、護衛には帝国の騎士さん八人が付いてくれた。
もちろん移動は馬車だ。本当はアリスと二人で歩きたかったし、正直護衛なんていらないんだけど、これも賓客扱いだから仕方ないってことで諦めよう。
「どこか行きたい場所はございますか?」
「アリスは何か希望はある?」
「そうね、せっかくだから色々見たいし、市場なんかありますか?」
「では帝都で一番大きな市場にご案内致します」
十五分ほど走ったところで馬車が停まった。道行く人々はチラチラと視線を送ってきていたが、皇室の紋が刻まれた馬車に近づいてくる人はいない。乗っているのは伯爵家の令嬢と平民の男なのだから不思議な感覚である。
「出来れば気楽に散策したかったんですけどね」
「ご容赦下さい。ランガルド王国から来られた大切なお客様に万一のことがあれば、私や騎士たちだけでなく一族全ての首が刎ねられますので」
「そんなことになってるんですか?」
「詳しいことは聞かされておりませんが、メイド長の話では皇帝陛下からの厳命なのだそうです」
「あー、じゃこうやって外に出ること自体が迷惑でしたよね?」
「いえ、そのようなことは決して。この外出はちゃんと許可を取っておりますし、少しでも我が国を気に入って頂けるようにご案内せよと仰せつかっておりますので」
「「なんかすみません」」
俺とアリスがハモったことで、ブリジットさんが思わずクスッと笑ってしまう。もちろん慌てて謝られたが、気楽に接してほしいと言うと安堵の溜め息をついていた。
「俺たち自身は爵位持ちではありませんから」
「こんな大層な馬車は分不相応なんですよ。ね、ジャック」
「そうなんですか? ですが皇室のお客様ですから分不相応などということはないと思います」
馬車を降りて市場に入る。騎士さんたちは邪魔にならないように間隔を開けてくれているが、物々しい雰囲気は拭いきれず、お陰で誰も寄ってこない。屋台が多く並んでいるが、お店の人も顔を引きつらせているほどだった。
ところが小さな女の子が、先導するブリジットさんを目がけて駆け寄ってきた。アルタヘーブ教会で出会った頃のメルルと同じ五歳くらいだろうか。周囲はあわあわ、背後からは少女の母親らしき女性が必死に追いかけている。
騎士さんたちが一斉に剣の柄を握ったが、俺はそれを手を挙げて制した。どう見ても彼女たちに敵意があるとは思えない。それにこんなところで剣を抜いては、ただ事では済まされなくなってしまう。
「ブリジットおねえちゃんだぁ!」
「ま、マイル! 申し訳ございません!」
「大丈夫ですよ」
「あっちのおにいちゃんとおねえちゃん、だぁれ?」
「こ、これ! いけません! 何卒お許しを!」
女性は少女の頭を押さえつけ、一緒になって平伏そうとした。
「いたいよぉ、シスター」
「ん? シスター?」
「ジャック様、アリス様、どうか二人の無礼をお許し下さい」
「いや、無礼なんて何も。二人とも、立って頭を上げて下さい」
そうして解放されて立ち上がった少女にアリスが歩み寄り、しゃがんで汚れてしまった服を払った。
「お姉ちゃんはアリスと言います。貴女はマイルちゃんでよかったかしら?」
「うん! わたしマイル!」
「ブリジットさん、お知り合いのようですが?」
「はい、ジャック様。彼女はバチルータ教会のシスターで、エミリーと申します。シスター・エミリー、こちらはランガルド王国からお越しのジャック様と、あの方はアリス様です」
「え、エミリーと申します! マイルのご無礼、どうかご容赦下さい!」
「シスター・エミリー、先ほども言いましたが、無礼なんてありませんでしたからお気になさらずに」
「か、寛大なお言葉、ありがとうございます!」
「そうだジャック」
「どうしたの、アリス?」
「私、そのバチルータ教会に行ってみたい」
「え? は、はい!? き、貴族様をお迎え出来るようなところではありませんが……」
「シスター・エミリー、アリスは伯爵家の令嬢ですけど俺の身分は平民です。それに彼女が行きたいと言っているのですから……」
「はっ! 貴族様に意見をするなど身の程を弁えておりませんでした! どうかお許しを!」
このやり取り、いつまで続くんだろう。そう思ってブリジットさんを見ると、彼女も苦笑いを返すだけだった。アリスはいつの間にかマイルを抱きかかえて、楽しそうにおしゃべりしている。
「教会は遠いんですか?」
「いえ、ここから歩いて十分ほどです」
「なら行きましょう。騎士さんたちも構いませんね?」
「問題ありません」
バチルータ教会では一人の司祭と十人のシスターで二十人ほどの子供たちの面倒を見ているとのことだった。そこで俺はブリジットさんに金貨を一枚手渡し、それで買えるだけの菓子を買ってくるように頼んだ。
しかしブリジットさんは俺たちから離れるわけにはいかないらしく、騎士さんに買い出しをお願いしたようだ。
余談だが、友好国のバルナリア帝国ではランガルド王国の金貨が問題なく使えた。ただし等価というわけではなく、ランガルド王国金貨は帝国金貨に比べて二割ほど価値が下がる。
実際の国力差を考えればもう少し低くても仕方がないのだが、そこが友好国である
「それじゃブリジットさんも教会に寄付を?」
さすがに歩いて十分の距離を、小さいとは言えマイルを抱えたままでは辛いだろうと、今は俺とアリスの二人で彼女の手を引いている。そんなマイルは超がつくほどご機嫌な様子だ。
「も、ということはジャック様もなんですか?」
「はい。俺もアリスもアルタヘーブ教会に毎月寄付させてもらってます」
「ランガルド王国の王都にある教会ですね?」
「シスター・エミリー、ご存じなんですか?」
「はい。大陸全土の教会を覚えているわけではありませんが、ランガルド王国は友好国ですので」
「なるほど」
それから間もなく、俺たちはバチルータ教会に到着した。
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