第二章 バルナリア帝国へ

第一話 家召喚

 女神ジーリックと会った時の話への食いつきが物凄かった。どんな容姿なのか? 声は? 正教本部に祀られている像は似ているのか? など。


 だがそこで俺ははたと気づいた。記憶の中にある女神様は、なんとアリスに瓜二つだったのである。彼女に初めて逢った時に感じた懐かしさの正体は、その姿を知っていたからに他ならない。


 しかしこれを言うと非常にマズいことになるであろうことは明白だった。


 リオネル閣下の性格を鑑みるに、娘が女神様とそっくりだと知れば、大々的に自慢して回りそうな予感が否めないのである。そして伯爵の言葉であることで虚言とそしられることもなく、むしろ真実として広まる可能性が高い。


 アリス・ラバールは女神ジーリックの生き写し。


 やがてそれはジーリック正教の知るところとなり、聖女として祭り上げられることも十分に考えられる。いや、ほぼ間違いなくそうなるだろう。当然俺との結婚話が白紙に戻ってしまうのは火を見るより明らかである。


 ぜってーダメだ。アリスは俺の女だ。それに彼女がそんなことを望まないのは、三年間彼氏をやってきた俺が一番よく知っている。


「申し訳ありません。深い霧に包まれていてあまりよく見えませんでした」

「そうか……」

「残念ね……」


「まあ、仕方ないだろう。そう易々と神のみ姿を見ることなど叶わんだろうからな」

「お声を聞けただけでもとても羨ましいわ」


 嘘はついていない。実際に霧が女神様の大事な部分を完璧に隠していたのだから。そして声だけなら俺はほぼ毎日聞いている。そっくりなアリスの口からだ。


 ところで俺は女神の加護という名の膨大な知識、これまでには考えられなかった身体能力を得ていた。


 さらに、この世界では魔法武器と呼ばれる特殊な効果を帯びた武器、防具の数々や、前世でしか手に入らない食材に調味料、医薬品の数々までが家召喚サモンハウスで呼び出せる家に納められたままだった。


「出せるかな。あ、出せた。これがその剣、風狼ふうろう剣です」

「な、なんと!」


「空間収納の魔法か。ジャックが使えるとは知らなかったぞ」


 何もないところから剣を取り出したのを見て、父上が顎に手を当てながら呟くように言った。


「使えるようになったのは記憶を思い出したからです。そしてアリス、家は買わなくても済みそうだよ」

「え?」


「見る方が早いか。皆さん、裏庭に行きましょう」


 俺を含めた五人でベルナール王都邸の裏庭に回る。そこには邸から死角になるところに家召喚で家を呼び出すのに十分な敷地があるからだ。加えてこの暗さなら外からも気づかれることはないだろう。


「では皆さん、家を呼び出します」


「さっきジャック君が言っていた家召喚という魔法だね?」

「そうです、リオネル閣下。ただこれから起こることはまだ秘密にしておいて頂けますか?」


「国王陛下にもか?」

「国王陛下にもです」


「ふむ。まあ何にしても見てみないことにはな」

「そうですね。ではいきます。サモンハウス!」


 明るければぐにゃりと空間が曲がったように見えただろう。


 この世界での初めて呼び出したのは、一階がリビングダイニングと広めの風呂場、二階に寝室四室の4LDKだった。おそらく王城の最高級品でも、このベッドの寝心地には敵わないだろう。女神ジーリックによると神界品質らしい。


 つまり絶対に四人とも今夜はこっちで寝ると言うに違いないのだ。部屋は全て百平米にしたから、広さで不満が出ることもないはずである。お陰で風呂場も男女別な上に大浴場と呼べるほどの面積を確保出来た。


 あとは身内サービスということで、各部屋にも室内露天風呂を設置。あれ、一晩で出ていってくれるかな。


 それはいいとして、突然現れたこの世界にはないデザインの家屋に、四人揃って口をポカンと開けたまま固まっていた。サイズはベルナール王都邸の方がはるかに大きいが、木造やレンガ造りとも違った建物は度肝を抜くには十分だったようだ。


「こ、これはまた……」

「不思議な形をしているのね……」

「何だこの斬新な建物は……」

「ジャック! ジャックすごい!」


「あははは、外観で驚かれても困ります。中はもっと驚くと思いますよ」


 召喚呼び出した時に、内装などのイメージが頭に浮かんだのである。


「どこから入るのだ。ここか?」

「あ、父上、少しお待ちを。皆さん、一人ずつこの手のひらサイズの出っ張りに触れてもらえますか?」


「ん? こうか?」

「これでいいのかしら」

「やってみたぞ」

「こう?」


 今回は完全認証型としたため、先に二ミリほどの厚さがある手のひらサイズの四角い出っ張りに触れて認証登録する必要があった。未登録者は結界に弾かれてしまうからである。


「それでは中をご案内します。こちらからどうぞ。履物は脱いで下さいね」


 先ほど父上が触れようとしたドアを開けて、俺は四人を家の中に招き入れるのだった。

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