第十話 効かない魔法

『その程度のマホウが我に通じるとでも思ったか!』

「ひいっ!」


 使用人の女性の頭にドラゴンのあの不快な声が届いたのだろう。彼女は涙を流し、そのまま気絶してしまった。だが、魔法を放つ直前に俺に頷いたあの仕草。俺は即座にその意図を察し、再び風狼ふうろう剣を振った。


「カマイタチ!」


 一瞬俺から目を逸らしたドラゴンに、この攻撃を避ける術はなかった。とはいえわずかに体をずらすことは出来たため、真っ二つになるのだけは免れていた。


『おのれ! 愚かなニンゲンの分際で!』


 カマイタチが左翼を根元から切り落とし、ドラゴンは巨体を空中で維持することが出来ずに落下していく。まさに自由落下となり、真っ逆さまという言葉がこれ以上なく相応しかった。


 むろん、この機を逃す俺ではない。


『待てっ! ヤメローッ!!!!』

「カマイタチ!」


 今度はしっかりと首を狙って剣を振った。それが分かったのかヤツは目を見開いていたが、片翼を失った状態で姿勢を制御することは叶わない。次の瞬間には首と胴が離れ、大量の血をまき散らしながら巨体が大地を揺らした。


「た、倒した……のか……?」

「ジャック! ジャックーっ!」


 アリスが叫びながら駆け寄り、背後から俺に抱きついてきた。遅れてアルベール陛下とリリアン殿下も走ってくる。殿下の侍女ファニーさんとマノンさんもその後ろからついてきた。


 俺はアリスに抱きつかれたまま、先ほど雷の魔法で援護してくれた女性使用人の許に向かう。そして近くにいた騎士さんに彼女の容態を聞いてみた。


「大丈夫、気を失っているだけのようです」

「よかった」


「ジャック、彼女がどうかしたの?」

「ああ、あそこからだと見えなかったか」


「ジャック・アレオン君、見えなかったとは?」


「陛下、ドラゴンを倒せたのは彼女のお陰なんです。彼女がいなければおそらく俺の攻撃はヤツに当たらなかったでしょう」


 その功績を陛下たちに話している途中で、女性が意識を取り戻した。そして、周囲に集まっている顔を見回して血の気を失ってしまう。


 おいおい、また気絶とかしないでくれよ。


「あ、あの……」

其方そなた、名を何と申す?」


「ひっ! は、はい! 私はしゅ、しゅざんにゅと」

「しゅざんにゅ?」

「す、スザンヌでしゅ」


「そうか。スザンヌよ、よくやってくれた。褒めて遣わす」

「ふぇ?」


「スザンヌさんの魔法のお陰でドラゴンを倒すことが出来ました。本当にありがとう」


「はっ! で、では!?」

「ほら、あの通り」


 俺が指さした先では、兵士たちがドラゴンの遺体の検分作業を始めるために集まっていた。もっともあれを解体出来るような道具がないので、ひとまず血抜きの方法を模索しているようである。


 血抜きか。


「陛下、ドラゴンの肉って食えるんですかね?」


も食した経験はないが、過去の文献には硬い鱗からは考えられぬほど肉は柔らかく、美味だったと書かれていたな」

「なるほど。ところで陛下、あの死体の所有権は倒した俺にあるんですよね?」


「うん? まあ、そうだな」

「しかもこの隊にはあれを解体する術もない」


「なっ!? ジャック・アレオン君?」


「まあ独り占めするつもりはないんですけどね。スザンヌさんには鱗の一枚や二枚、分けてあげてもいいと思いますし……うーん、それじゃケチ臭さ過ぎるか。十枚でいいです?」

「そ、そんな私はただ……」


「売っちゃっても構いませんから。ところで陛下、あれ、売ったらお高いんですよね?」

「そうだな。特に逆鱗と呼ばれる一枚しか取れぬ鱗はオークションに出せば天井知らずとなるであろう」


「よかったじゃない、スザンヌさん。せっかくだからもらっておきなさいよ。貴女のお陰でジャックも無事だったわけだし」

「アリスの言う通りだよ」


「ジャックは後でお説教だけどね」

「あうっ……」


「ありがとうございます。でも私はたった一瞬でもドラゴンの気を引いてジャック様のお手伝いが出来ればと思っただけで……」


「そうそう、どうしてあそこで魔法を? あんなことすればヤツの的になるとは思わなかったんですか?」

「あ、私はジャック様が放たれた風の刃が見えたんです。それをドラゴンが避けたことも」


「つまり効果があるから避けたと?」

「はい。ですから避けられないように気を逸らせられないかと思ったんです」


 しかし彼女の魔法程度でドラゴンを傷つけることなど所詮は不可能。それでも目を狙えば、たとえ効かなくてもとっさに避けて注意を引けるのではないかと考えたそうだ。


 そしてその判断は正しかった。


「亡くなった者たちは気の毒だがこの地に埋葬するより他はなかろう」

「お父様、ここまで共に旅してきたのです。たとえ遺体でも連れ帰ることは叶いませんの?」


「まだ道のりは長いからな。腐って目も当てられぬ有様になるよりは、遺品を家族に届けるのみとした方が無難なのだよ」


 さらに騎士や兵士が遠征に出た場合、盗賊や魔物と戦って命を落とす可能性があることは職務上織り込み済みなのだ。部隊が全滅すれば遺体はもちろん遺品すら帰ることはないため、それが届けられるだけでも遺族にとってはありがたいことだった。


 なお、火葬にして遺骨を持ち帰るという手もないわけではないが、匂いで魔物を呼び寄せてしまう危険性があり得策とは言えないそうだ。よって遺体はねんごろに弔った上で埋葬することに決まった。


 そうして突然何人かの仲間を失った哀しみの夜は更けていくのだった。

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