第三話 わがままな貴族たち

 翌朝、父上とリオネル閣下は公務をすっぽかすことにしたようだ。まあ、正確にはベルナール王都邸から王城に使者を出していたので、いわゆる無断欠勤というわけではないのだが。


 一方、俺とアリスは仕事を休むわけにはいかないので出勤の支度を済ませた。


「お二人とも大丈夫なんですか?」

「問題なかろう」


「ベルナール卿と私は同じ会議に出るだけだったからな。陛下がご出席なされるものでもないし、さほど重要な会議でもないから心配せずともよい」

「それならいいんですけど」


「では私はいったん邸に戻る。メラニーはどうするのだ?」

「ゆっくりお風呂に入ってから戻るわぁ。ジャックちゃん、ここのお風呂って温泉なのよね?」


「そうですけど、母上すみません。俺とアリスは仕事に行かなければならないので、この家はいったん送還しようと思います」

「えー、そんなのダメよ-」


「そうだぞジャック、私も書類だけ片付けたら温泉に入るために戻ってくるつもりなんだ。昨夜は入れなかったからな」

「ジャック君、家をしまわれてしまったら、私とベルナール卿が会議を欠席した意味がないではないか」


「母上はともかく父上にリオネル閣下まで……」


 ここから店までは歩いて三十分ほどの距離である。しかも昼間は邸の使用人が掃除などでやってくる可能性が高いし、何より家主である俺が不在の状態で家を放置するなんて考えられない。


 しかしなー、よくも悪くもこの人たちも貴族。言い出したら聞かないんだよなー。こうなったら仕方がない。


「皆さん、昨夜の食事、美味しかったですか?」

「「「もちろん!」」」


「寝心地はいかがでしたか?」

「「「サイコーだった!」」」

「ジャック?」


「それはよかった。あれは異世界の日本の物です。安くはありませんよ」

「なっ!?」


「ジャックちゃん、何を……?」

「ジャック君、まさか……?」


「それだけご満足頂けたのでしたら、全てタダにしろなんて仰るわけがないですよね?」


 ここで一人一泊金貨五枚、五十万カンブルくらいを吹っかければ諦めてくれるだろう。ところがアリスが呆れたような表情を見せる。


「ジャック、それ逆効果……」

「ん?」


「無論だ。あれをタダでなどと言えるものか! メラニーと二人分で金貨百枚でどうだ?」

「私も娘の分も合わせて金貨百枚出そう」

「へ?」


「よかったわねジャック、一人金貨五十枚の売り上げよ」

「いやいや、ちょっと待って……」


 そうだった。この人たちはわがままだが満足したことに対して支払う金に糸目はつけない、そういうプライドを持ち合わせている貴族だということを忘れていたよ。


「から揚げと言ったか、思い出しただけでよだれが出そうだ」


「ビールに枝豆もたまらなかったわ」

「あ、お母さま、私もです!」


「それにあの何とも寝心地のよいベッド! あれを知ってしまうと我が邸のベッドが霞んで見えるぞ」


「あと朝食よ、朝食! カリカリベーコンだったかしら。他にもスクランブルエッグに新鮮なお野菜、パンもふわふわでたくさん食べちゃったわよ」

「トーストも美味かったぞ」


「あら、頂き損ねたわ。明日の朝の楽しみが増えたわね」


 朝から全員モーニングを一人五人分も平らげてたんだっけ。アリスも同じくらい食べてたし、作るのが大変だった。


「ジャック君、君が帰ってくるまでに昨夜と今夜の分で金貨二百枚を用意しておこう」

「我々も同じでいいかな?」


 やっぱり今夜も泊まる気なんだ。リオネル閣下は帰らなくていいんですか? 一旦帰って金貨を取ってくる? そーですか。もー、どうにでもしてくれ。

 と言いたいところだが問題もある。


「ですが使用人たちに見られてしまうと……」


「それなら心配ない。裏庭への立ち入りは当分禁止しておく」

「と、当分?」


「あなた、警備兵を立たせておきましょう」

「うむ。そうしよう」


「えっと、明日には送還しますよ」

「ジャック、無体を申すな。私もラバール卿も日頃激務に耐えておるのだ。一週間、いや、一カ月はこのままにしておけ」


「そうよジャックちゃん。この母も毎日気苦労が絶えないんですからね。一カ月なんて短いわ。むしろここにずっと置いておきなさい」

「母上?」


「なんならこの土地はジャックちゃんに上げるわ。いいわよね、あなた?」

「むろんだ」


「いやいや、それはずるいですぞ、ベルナール卿」

「ずるいとは?」


「次は我が邸の敷地に来てもらわねばなりません」


「ジャックは我が息子、ラバール卿が利用されたいと申されるのなら通われるがよろしかろう」

「ジャック君と娘のアリスはいずれ婚姻を結ぶ。となれば私もまた義父となります。立場は同じではありませんか?」


 何だかとんでもないことになってきた。土地をもらえるというのは少し惹かれるが、毎日あの量の食事を作らされると思うとゾッとする。親の同居も論外だ。


「申し訳ありませんが、やはり家は明日送還します。召喚したのは私の話を信じて頂くのが目的でしたので諦めて下さい」

「「「ダメだ(です)」」」


「この家の快適さはすぐに慣れてしまうでしょう。そうなれば元の生活に戻れなくなりますよ」

「しかしだなぁ」


「女神様が、この世界の人にはあまり見せない方がいいかも知れないと言われた意味が分かりました。昨夜と今夜は保養地にでも来たと考えて下さい」


「ジャック……」

「ジャックちゃん……」

「ジャック君……」


「父上、私はもうベルナール家の人間ではないのですよ。今でも息子として扱って頂けるのはありがたいですが、それとこれとは話が別です」

「いや、そんなことは……」


「だいたい父上とリオネル閣下」

「「ん?」」


「仕事サボって何考えてるんですか!?」

「「うっ……」」


「とにかく家は明日送還します。これは決定事項です。いいですね?」

「「「分かった……」」」


「それじゃアリス、俺たちはそろそろ仕事に行こうか」

「そうね」


 しかし帰宅後に予想もしていなかったことが起こるのを、この時の俺はまだ知らなかったのである。

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