【みつちさんの話】

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 俺が小学生だったときの話だが、かなり前だからうろ覚えで、所々記憶違いがあるかもしれない。できるだけ覚えてるとおりに書いてみる。

 夏休みに、両親と俺と弟の四人家族で、U村のじいちゃんの家に遊びに行った。

 なんもない田舎だから、散歩するくらいしか娯楽がない。後は温泉かな。温泉があると聞いて、おふくろがはしゃいで俺と弟を連れて最初の二日くらいは温泉に入り浸った。おふくろからしたら、親父のばあちゃんといるのは結構大変だったみたいだ。孫には優しいばあちゃんだったけどな。

 話を戻すが、温泉施設から歩いて十五分のところに、O沼っていう大きい沼があって、じいちゃんから、雨が降ってるときに行くなって、耳にたこができるくらい言われた。

 だけど、田舎に来てから、だらだら雨の日が続いていて、俺と弟は家の中で遊ぶのにいい加減飽きてきた。

 じいちゃんの言ってることを両親はそんなに気にしてなくて、たまたまその日の午前中が晴れていたので、温泉に行った帰り、午後からまた雨が降るらしかったけど、じいちゃんの忠告を無視してO沼に散策に出かけた。

 O沼には半分水に浸かった鳥居があって、M神社の鳥居なんだが、どこにも拝殿? みたいなのがなくて、じいちゃんに聞いたらO沼の底に拝殿があるらしかった。

 O沼のそばにU少年自然の家があって、そこで買ってもらった『U村の昔話』にもそんなことを書いてあったような気がする。

 弟はO沼で泳げると思っていたから水着を持ってきてたんだけど、遊泳禁止で、しかもO沼が無機酸性湖のせいで、俺もその頃はまってたバス釣りができなくて、めちゃくちゃがっかりした覚えがある。

 来て三日目だったけどもう帰りたい気持ちでいっぱいだった。O沼も晴れていたら真っ青なきれいな沼らしいけど、雨で空が曇っていると灰色にしか見えない。

 U公園には遊具もなかったし、まじで遊歩道を散策するだけだったが、公園を散歩するのは気晴らしになったみたいで、弟はうろちょろしてはしゃいでた。

 そのうち、やっぱり雨が降り始めたから、おふくろが車に戻ろうと声をかけてきた。両親とは結構距離があったので、俺は走って行こうとした。弟がついて来ないのに気づいて後ろを見ると、弟が鳥居の近くに生えている茂みに向かって何か喋っている。

「今はだめだよ。お父さんに聞かないと」とか言ってる。だれと話しているのか、俺は目を凝らして見た。

 茂みから黒い髪の女が顔を出して、弟と話をしている。俺たちみたいに散歩をしている人かと思って、弟に声をかけようと思ったんだけど、なんか違和感を覚えて、声をかけるのをやめた。

 しゃがんでる弟より下の方に女の顔があったからだ。

 女はパクパク口を開けて何か言ってるみたいなんだけど、俺には何を言っているか聞こえなかった。

 あ、これ見たらいけないものだ、と思ってすぐに弟の手を引っ張った。

「だれと話してんの」と聞いたら、「●●くんが」って弟が茂みのほうを見る。ちなみに●●くんって弟のクラスメイトな。

 でも、あれは確かに小二の子供の顔じゃなくて、知らない女の顔だった。

 もう一回振り向いて茂みを見たら、女の顔がこっちを向いて、「●●ちゃん」と、俺の名前をおふくろの顔で呼んだ。

 その途端、俺は怖くなって弟の手を握って、急いで両親のところまで走った。本物のおふくろと親父が並んで歩いているところまで来て、息を切らしながら振り返ったら、茂みの白い顔はまだあった。

 弟は俺に突然手を引っ張られたから、半べそかいて、親父に「●●くんも呼んでいい?」と聞くから、俺は慌てて「絶対、だめ!」と怒鳴った。

 弟は泣くし、俺も気味が悪いしで不機嫌になってたら、親父が「雨が降ってきたし、ドライブにしようか」って言ってくれて、車に戻った。

 次の日、朝起きたら弟がいなくなってた。親が半狂乱になって探し回ったあげく、騒ぎを聞きつけた村の人たちも一緒になって探してくれて、結局、弟はO沼で見つかった。

 おふくろは泣いてるし、親父は警察に連れて行かれるし、じいちゃんからは何か見なかったか、おかしなことはなかったか、ってしつこいくらい聞かれて、俺は怖くなってあの顔のことを話したんだ。

「おまえ、話しかけられて答えたか?」

 俺は首を振って否定したけど、じいちゃんは顔を真っ青にして慌てて電話しに行った。

「Uさん、みつちさん・・・・・が出た! うちの孫が一人連れて行かれた。もう一人も危ない」

 俺はすげえ不安で仕方なかったんだが、ばあちゃんが、「大丈夫、Uさんに祓ってもらったら安心だから」って言って俺の手を握ってくれた。

 じいちゃんもばあちゃんも、Uさんを信じてるようだ。親父はみつちさんのことを知っているのか、やけに神妙にしていた。

 俺は、みつちさんがなんなのか知らなかった。

 U村の人たちも一緒に、俺はじいちゃんにUっていう人の大きな家に連れて行かれた。その家の女の子とおばあさんとおじいさんの三人に、十二畳くらいの蔵に閉じ込められた。

 おばあさんから、「声をかけられても答えたらいけません、呼ばれても反応しないように。一晩経ったら、自分から出てくるように」と言われた。おじいさんがお菓子やジュース、おにぎりを置いて出て行った。ボットンだけど便所もあった。

 木の格子越しに外を見ると、お袋はワンワン泣いてるし、親父も不安そうだった。じいちゃんが格子越しに、「便所もおにぎりもあるからな、知ってる人に声をかけられても、絶対に答えるなよ。朝まで絶対出て来たらだめだぞ」と怖い顔して言うんだ。俺はめちゃくちゃ不安だったけど、ここまで真剣に言われたら信じないわけにはいかないだろ?

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