7
屋敷に着いてから、一夜に叶はみつちさんに答えてしまったことを改めて告げた。それに教えていない叶の電話番号を何故知っていたのだろう。
「なんで、私の電話番号を知ってたんですか」
「君のお母さんに聞いたんだよ。なんだか嫌な予感がしたから」
その予感は的中していた。
「みつちさんはしつこいって言っただろう? それに美千代さんでは祓いきれない。だけど、今は美千代さんしかいない。君がおみず沼に引き寄せられないように、お祓いの準備が必要だ。たとえ形だけになったとしても、応急処置にはなるだろう」
祓いもできない美千代に任せるのか。しかも、美千代は体を壊している。そんな状態で本当にみつちさんをお祓いできるのか疑問だった。
みつちさんは、祈祷場でもある神域に現れる。おそらくそこがみつちさんの行動範囲なのだ。狩り場として、獲物を待ち構えている。一度マーキングされると、みつちさんはいつまでもつきまとう。まさに壊れた道祖神から抜け出したみつちさんが、叶の元に来ていたように。
知らせを受けた美千代が、客間で待っている叶の元にやってきた。ゆっくりとしか歩けない美千代を支えていた女性に、祖母が巫女装束を持ってくるように命じた。
最初に美千代に会ったときと同じように、正座した叶は、大儀そうに座椅子に凭れかかっている美千代を見つめた。
「こんな雨の中、祈祷場へ行ったのですか。馬鹿なことを……」
まもなく女性が、黒い着物が収められたたとう紙を持って戻ってきた。言われるがままに女性に連れられて隣の座敷に入ると、すぐに黒い振り袖を着付けられた。髪にもドライヤーを掛けられて整えられる。
等身大の姿見が持ってこられて、叶は鏡面に映った着物姿の自分を見つめた。
宝尽くしの柄が、袖から裾へと流れるように描かれている。単なるプリントだと思っていたが、近づいてよく観察すると、一針一針刺繍したものだった。
振り袖は自分にあつらえて作られたようにぴったりだった。
「これは希さんの巫女装束なんですよ」
女性がにっこりと笑いながら鏡の中の叶をどこか懐かしそうに見て、教えてくれた。
黒い巫女装束なんて初めて見た、と叶は物珍しげに自分の姿を観察する。
「希さんが戻ってきたみたいね」
女性が少し涙ぐんだ。
心の中で、私は希じゃない、と叶は苦々しく思う。希の代わりとしてここに縛り付けられるのは御免だった。
ふすまの向こうの客間から、一夜が声を掛けてくる。
「準備はできた?」
「はいはい、今行きますね」
女性がふすまを開けて、叶をお披露目する。
美千代が満足そうに笑んだ。
「希の巫女装束がよく似合っていますね。あの子が帰ってきたみたい……」
美千代が女性に支えられて立ち上がり、一夜に案内するように命じている。
「じゃあ、俺に付いてきて」
車での逃亡も失敗して、外に出ればみつちさんにつけ回されることを考えると、このままおとなしくお祓いを受けたほうがいいだろう。叶は黙って、天水の横に並ぶ。
まるで、すでにお祓いの儀式が始まっているかのように、皆黙って屋敷の奥へ進んでいく。屋敷の廊下のどん突きに、いきなり重厚な扉が現れた。
「蔵……?」
屋敷の中にある扉なので、蔵かどうかは分からないが、分厚い観音開きの扉で、それを一夜が開く。
蔵の内部が見えるだろうと思っていた叶は、扉の向こうに庭があるのに驚いた。焼杉の背の高い塀に囲まれた庭の真ん中に、本物の蔵が鎮座していた。それほど大きな蔵ではない。おそらく外観からすると、壁の厚さを加味して内部は六畳ほどの広さだろう。ここで何をするのか、全く見当が付かない。
一夜が蔵の扉を開き、叶を振り向いた。
「入って」
手で招かれて、叶はおずおずと、蔵の内部を見渡しながら中へ入った。
蔵の中は薄暗い。天井付近にある明かり取りの小さな窓から、オレンジ色に染まりつつある日の光が、ささやかながら差し込んでいる。畳敷きで、家具や荷物のようなものはない。
天井には何本も黒光りしている梁が天井を支え、加工されていない太い柱と柱の間に渡されている。二階はなく、引き戸が一戸あり、その向こうにトイレが備え付けられていた。
部屋には折りたたみの座卓が据えられていて、そこにお菓子やおにぎりなどの食べ物とお茶のペットボトルが置かれていた。
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