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 そのうち、白木の机とか、チアリーダーが持ってるボンボンみたいな、白い紙でできたやつとか、葉っぱの付いた木の枝とか、鈴が付いたキンキラのマラカスみたいなやつとか、いろいろと持ってきた。白い食器を机に並べて置いてたな。

 そのうち、さっきの女の子が黒い振り袖を着て、机の前にやってきた。

 その子は、まだ七歳くらいにしか見えなかった。黒い着物には鞠や小槌みたいな模様がたくさん描かれてあった。

 その子が真面目な顔をして、ゆっくり机の前に来て、蔵に向かって深々と礼をした。なんか、七歳の女の子には思えないくらい、迫力というか、印象が強いというか、空気が変わる感じがした。

 女の子が礼をした後すぐに、太鼓の音が鳴り響いて、空気がビリビリした。

 太鼓の音に合わせて、机の上に並べた白いやつとかキンキラのやつを振ったり鳴らしたりしてた。神社で見たりするご祈祷とかって言うのかな、そういうのをやってた。

 なんか葉っぱの付いた木の枝、榊? っていうやつを振って呪文みたいなものを唱え始めた。

 十分もしたら俺は飽きてきた。じいちゃんやら村の人とかに、総出でUさんの家に連れてこられたのが、大げさに思えて退屈してきた。

 外では相変わらず、女の子が呪文を唱えてる。あんなに小さいのに大人にやらされてるのかな、と考えてた。

 太鼓を叩いているおじいさんが置いていってくれたおにぎり食って、ジュース飲んだら、便所に行きたくなって、本当ならボットンとか怖くて行きたくないんだが、背に腹は代えられない。

 呪文が聞こえる中、俺は狭い便所のボットンにまたがった。

 ボットンは下が空洞だからか、スースー風が来て、夏だったけどやけに寒かった。用を済ませて立ち上がろうと思ったとき、ボットンの中から声が聞こえてきた。

「ねぇ……、ねぇ……」

 何だと思ったけどボットンの中は真っ暗で、何も見えない。

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 俺は息を飲んだ。思わず悲鳴を上げそうになったけど、じいちゃんの言葉を思い出して、ぐっと堪えた。

 弟の声だ。ボットンの暗い、底も見えない穴から、弟のか細い声が聞こえてくるんだ。

 反応したらだめだと思って、俺はガクガクする脚で無理矢理歩いて便所から出た。

 便所から出て、俺はびびった。

 あんなにうるさかった太鼓の音や女の子の声も、何も聞こえなくなってた。

 格子窓から外を見ると、信じられないくらいの闇で、明かりの一つも点いてなかった。

 どういうことだろうと、俺はパニックを起こしてだれかを呼びそうになった。

 気づいたら、真っ暗だと思ってた闇の中に白いぼんやりしたものが浮いて出てきた。よく見ると、それは女のお面だった。暗いからよくわからないけど、うっすら目を開いて伏せている。

 お面だと思っていたけど、よく見ているとそれの口元がパクパク動いているのに気づいた。

 あ、と俺は思い出した。

 まるで、公園で弟に話しかけてた女の顔だ。気味が悪いくらい似てるから、きっと同じ女だ。

 でも、女の口から漏れたのは、「お兄ちゃん、こっち来てよ。ゲームして遊ぼうよ」という弟の声だった。

 うわって思ったよ。これ、本当に見たらいけないものだったんだって。俺はすぐ目をそらして、部屋の真ん中に座り込んだ。

 反応するなって言うのがどこまでを言っているのかわかんなかった。女と目が合ってないからセーフなのか、女の顔を見た時点でアウトなのか、全くわからない。

 声は、おふくろの声とかじいちゃんの声、ここにいるはずのない友達の声で俺にいろいろ話しかけてきた。俺は体操座りをして顔をうつ伏せて、目をぎゅっとつぶった。

 心の中で「早く朝になれ」って、何度も唱えたよ。何度も何度も「早く朝になれ早く朝になれ早く朝になれ早く朝になれ」ってな。

 で、結局、気がついて顔を上げたら、部屋の上にある明かり取りの小さい窓から、光が漏れてた。いつの間にか寝てたんだな。

 すぐ格子窓に寄っていって外を見たら、女の子が蔵の扉に向かって、頭を下げてるところだった。

 俺は何が何だかわからなかったが、しばらく様子を見ていて、ようやく今が朝で、目の前の女の子は錯覚じゃないと理解した。

 思い切って、扉を押すと抵抗もなく開いた。蔵にはかんぬきもかかってなかったんだ。いつでも出られたわけだ。

 俺が外に出てきたら、じいちゃんが外に立ってた。俺を見ると、すぐ駆け寄ってきて俺の肩をつかんで泣いていたよ。おふくろもいて、「●●ちゃん、よかったねぇ」ってワンワン泣いてた。

 この後が大変で、俺たちはバタバタ帰り支度をして、車に乗った。じいちゃんとばあちゃんも一刻も早く俺をU村から出したいって考えてることが伝わってきた。

「●●(弟の名前)は連れて行かれたけど、おまえはUさんに祓ってもらったから、もう大丈夫だ。けどな、もう二度とU村に来たらいけない。みつちさんはしつこいからな」

 あれから、十年経った今も、俺はU村に行ってないし、じいちゃんの葬式にも出なかった。

 みつちさんがなんなのかも、いまだにわからないままだ。


 二〇■■年 巨大掲示板オカルト板「冗談にならない怖い話」スレッド書き込みより 福北大学●●記す 


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