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「美都子さんのことなんだけど、話してないことがあるんだ」
一夜の言葉に叶は手を止めて、彼を見つめた。
「美都子さんが
立ち直ってからと言うのは夫婦生活のことなのだろうか。
「何が言いたいんですか? 衣織さんが浮気をしたってことなんですか?」
一夜が唸って考え込むように顔をしかめる。
「当時は養父さんも悩んだそうだ。美千代さんにも相談したらしいけど、相手にされなかった。反対に菟上家は安泰と言われたそうだ。そういえば、美都子さんの夢を見たと言っていたけど、さっき聞いたこと以外にどんなものを見たの?」
それ以上知らないのだろう、一夜が話題を変えた。
「美都子さん、子宮体がんの末期だってことをだれにも知られたくなくて、尊厳死を選んだみたい。神に殺されるか、自分で死ぬか、どっちも同じなら自分で命を絶つって考えてたみたいです。これって、人身御供のことなんですか」
すると、一夜が首を振る。
「人身御供なんて、やるわけがないじゃないか。そんなことをしたら人殺しだ。倫理的に間違っている」
「そうですよね……。でも、巫女は神に捧げられたものだって……。これも巫女だけが知っていることなんでしょうか」
「末期癌では、せん妄が症状としてあると聞いたことがあるよ。彼女の妄想だってことも考えられないかな」
「せん妄って本当に起き上がれなくなったときになるものじゃないんですか?」
「あんなことをしたとき、美都子さんは養父さんたちに隠せるだけの体力がまだあったと思う。妄想とかではないなら、彼女は何を聞いて、見ていたんだろうね」
叶は自分の経験を思い返してみて、恐る恐る言ってみる。
「美都子さんは妄想じゃなくて、本当に巫女として何かを感じたりしていたんじゃないですか。霊力が強いとはそういうことで、『おかみさま』の神意を聞けないとだめみたいな……。その神意が、巫女にしか分からない言葉なんじゃないかな……」
霊力が前提としてあるなら、霊力のない美千代には、『おかみさま』の神意など分からなくて当たり前だ。歴代の巫女が教えてもらわなくても知っていたとしたら、やはり霊力の有無は重要なのだ。
「美千代さんには霊力がないから、みつちさんも見えなかったし、かりはらとか『おかみさま』の神意が分からなかった。美都子さんは天水さんがみつちさんに魅入られたときに縁ができた、その縁を剥がすって表現で、糸みたいな何かを切ってました。あれが巫女の見えている本当の世界なのかな。私は夢の中で美都子さんになってましたし」
一夜が興味深げな表情で話を聞いている。
「縁を剥がす……、か。俺も希さんにお祓いをしてもらったとき、自分を囲む声が一つ一つ消えていった気がするよ」
「私は覚えてません……。みつちさんがあの夜来たとき、美千代さんの声が聞こえなくなったし、声はどんどん増えました。あの夜に起きたことがあんまり怖すぎて覚えてないだけかも……」
叶の言葉に同情したのか、一夜が心配そうな目つきで叶を見る。
「何があったの?」
叶はそのときのことを思い出して、スッと体温が下がったような気がした。気持ちを落ち着かせる為に麦茶を飲んで、口を開いた。
「最初は多分みつちさんが来たんだと思います。たくさんの人の声で呼ばれたから。すごく怖くて。そしたら……、あの、この幽霊は一年前からだから希だと思いますけど、足だけしかいつも見えなくて……。あと、もう一つ足が見えました。美都子さんだと思います。何かされるわけじゃなかったけど、私を覗き込んで消えました。そのあと、女の霊が来たんですけど……」
「希さんと美都子さんが来たのか……まさか、女の霊って、水葉さん?」
いろんなことが起こりすぎて忘れていたが、菟上家に来る前に撮れた心霊写真の人物を思い出した。
「菟上水葉……」
「そう。本家では禁句になっているから口が重たくなるけど、水葉さんが自分で命を絶った話はしたよね?」
「はい」
「なかなか言いにくいことだったから黙ってたけど、水葉さんは、神域の鳥居で首を吊ったんだ」
「え……?」
あの石の鳥居で? と、叶は驚いた。そしたらあのとき、案内されているときに見た異様に背の高い女は水葉だったのか。
「それで、菟上家は祟られた」
叶の中で、今まで繋がらなくて違和感を覚えていたものがカチリと嵌まった気がした。
「美千代さんと美都子さんは生き残ったんですね? お祖父さまは?」
「文蔵さんはそれから数年後に亡くなった」
「一体、水葉さんは何故自殺したんですか?」
「それは——」
一夜が言いかけたとき、ふすまの向こうから声を掛けられた。
「一夜さん」
さっき着付けてくれた女性の声だった。
「どうしたの?」
一夜が声を掛けると、女性がふすまを開けて入ってきた。
「美千代さんが亡くなられました」
その言葉を聞いた途端、叶の脳みそが激しく揺さぶられた。
「ひっ」
思わず悲鳴が漏れた。鈍器で殴られたような衝撃を覚えて、意識が飛んだ。
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