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「異類婚とは、人外の存在と人間が結婚するという種類の説話です。さっきも言った、蛇婿から猿婿など、多分日本中をひっくり返したらあらゆる種類の類話が出てくると思いますが、概ね有名なのが蛇婿。昔から蛇は各地で神聖視されていて、信仰の対象でもあります。神でもある蛇が美少年や美青年に化けて女性の元に通う説話を、大雑把にひっくるめて神婚といいます」
ホワイトボードにややかすれた字で、『神婚』と書き込む。目が悪いと見えないくらいに字がかすれていて、現に隣に座る友人が不機嫌そうに、「見えない……」と文句を言っている。
叶は頬杖をつき、睡眠不足による眠気も相まって助教の話を聞き流していた。
「蛇は往々にして龍と混同されがちで、蛇と言っても様々あり、
その辺りで、叶はカクンとうなだれて居眠りをしてしまった。
次に気付いたときは、講義も終盤にさしかかり、気の早い生徒は机の上のノートや参考書などを鞄にしまい始めている。
「えー、次回のレポートは小学生の頃に流行った都市伝説にします」
何それと、生徒たちから声が上がる。
叶も何それと思った。ただ、助教のライフワークのことを考えると、生徒たちが提示する説話などを参考に調査するつもりなのかもしれない。
「ちゃっかりしてる」
何気なく呟く。
「ちゃっかりしてる?」
友人が聞き咎めた。
「え? ああ、シロ先生のこと。私たちからネタ集めしてるのかなって」
「ああー、ありそう」
バッグを持って友人が席を立つ。叶も急いでバッグに筆記道具やノートを収めて友人と講義室を出た。
梅雨晴れの空に灰色の重たそうな雲がポツポツと漂っている。あれほど降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
叶はほっと胸をなで下ろす。雨の日はどうしても着物姿の幽霊を見てしまうから、油断できない。何をしてくるか予想がつかないので、心臓が止まりそうなほど驚くこともある。
着物姿の幽霊に限らず、叶が幽霊を見始めたのは物心ついてすぐだ。しかし、記憶が定かでないのでもっと前から見えていたかも知れない。
なぜだか、そのことを両親や友人に話すこともなく、今に至る。多分、幼い頃は現実と虚実の境界線が分からなかったことと、それほど幽霊というものに驚かなかったからだろう。如何に無残な姿の幽霊を見ても、叶は幽霊をそこにいるものとして自然と受け入れていたし、幽霊から干渉されることも特になかった。
もしも、ことあるごとに着物の幽霊のように干渉されていたら、幽霊を脅威の対象として怖がっただろう。
叶は構内を急ぎ足で、友人と一緒に五限目の講義室へ向かった。
五限目の講義を終えて駅に向かう途中、叶は空を見上げた。曇天にまだ日が差して明るい。雨が降りそうで降らない、そんな曖昧な空模様だ。
早く帰った方がいいと、叶は足を速めようと歩き出したとき、バッグの内ポケットから低いバイブ音が聞こえた。
慌ててスマートフォンの表示を見ると母親からだった。
「どうしたの?」
電話越しからでも、母親の戸惑った様子が伝わってくる。
「叶、本家の
「え?」
本家とは菟上家のことだ。希は本家の跡継ぎで、一年前に行方不明になり、今まで消息不明だったのだ。
叶はもう一度母親に訊ねる。
「見つかったって?」
希は叶の双子の姉だ。幼い頃に何らかの理由で引き離された。
「おみず沼で見つかったらしいわよ」
菟足村には、おみず沼という山池がある。そこで見つかったというのだ。ちょうど、助教のレポートで提出した『菟足村、おみず沼における人身御供伝説』を書いた直後だったので、何かしらの予感めいたものがあったのだろうか。
叶は首筋を冷たい舌で舐められたような怖気を感じた。
ただ、母親の言葉尻から、
そのまま続けて母親が告げる。
「まだ検視から戻ってきてないんだけど、どうも自殺ではないみたいなのよ」
叶は思わず声が出た。
「殺されたの?」
「なんだか、事件に巻き込まれたんじゃないかって警察が言ってたらしいわよ」
希は婚約式の前日に菟上家の屋敷からいなくなったらしい。それは一年前に聞かされた。当時くまなく探したはずだったが、希は見つからなかったそうだ。おみず沼も例外ではなかった。
「でもおみず沼も探したじゃない」
「希さん、白骨化して見つかったらしいから、もしかすると一年前にもう死んでたかもしれないんだって」
叶はなんとも言いようのない不安に襲われた。
本家の跡継ぎは希一人きりだった。祖母の美千代が、希が幼い頃は当主代理を務めていたそうだ。希がはっきりと死んだとわかったからには、いつまでも祖母が代理を務めているわけにはいかない。だれかが、本家に呼ばれて新しい当主に収まる。
「それでね、叶に菟上家に戻ってきてほしいって言うの」
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