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県道を外れ、舗装された林道をしばらく上っていくと、砂利道に出た。菟上家の屋敷はそこからすぐのところにあった。
すでに何台も車が、模様のある白い朽木幕を垂らした門の前に停められている。叶のほかにも喪服姿の弔問客がちらほらと見られた。
叶も一番端に車を停めて、喪服を入れたバッグとスーツケースを車から降ろす。助手席のハンドバッグを肩にかけて、両手に荷物を持ち、瓦が葺いてある門をくぐった。
門と同じように幕を垂らした玄関まで、飛び石が並んでいる。叶は物珍しげに幕を眺めた。仏式ならば、鯨幕と同じものなのだろうか。
菟上家は祈祷師の家系だと聞いていたので、もっと特殊な葬儀だと思っていたが、意外にも菟上家の葬儀は神式のようだった。
玄関は開け放してあり、黒い靴が並んでいる。靴の数だけ見ても叶が想像していた以上の人数が、屋敷に集っているようだ。
勝手に上がるのはためらわれて、叶は廊下の奥に向かって声をかけた。叶の後からきた弔問客が、訝しげな様子で叶をじろじろと見ながら靴を脱いで屋敷の中へ上がっていく。
「すみませーん」
何度か声をかけていると、奥から喪服の女性が出てきた。
「もしかして叶さん?」
先ほどの弔問客と同じような様子でじろじろと見てくる。
「
氷川を強めに名乗り、母親に教えられた通りに挨拶をした。
普段着で来た叶を不思議そうに見る。
「喪服は?」
叶は右手に持ったバッグを掲げる。
「着替えたいんですけど、お部屋を借りられますか?」
思っている以上に叶の来訪は喜ばれているのか、すぐに屋敷の一室に案内された。
部屋には、叶と趣味が合いそうな雑貨や、かわいらしい色合いのベッドカバーがかけられたベッドがあった。
「ここは希さんの部屋なんですよ」
そう言って、女性は部屋を出て行った。
覚えてもいない姉の部屋と知って、叶は少し居心地の悪さを感じる。まるで、今、このときから、叶を希の後釜に据え置こうとしているようだ。
さっさと喪服に着替えハンドバッグを持って、廊下に出る。あちこちからバタバタと忙しない足音が聞こえてくる。手伝ったほうがいいか、何もせず部屋で待っておくべきか迷っていると、先ほどの女性がやってきて、別室に案内された。
通りすがりに、ふすまが取り除かれて開け放たれた二十畳以上はありそうな和室に、祭壇が据えられているのが見えた。仏壇とは違い、どちらかというと清廉な印象を受ける。
祭壇の前に据えられた八本脚の小机のうえには、神棚と同じようなものが配置されて、希の顔写真が額に入れられて飾られていた。怖いくらい、叶に似ている。まるで自分の葬儀のように感じて、叶は遺影から目をそらした。
「神社で葬儀はしないんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、女性が答える。
「死は穢れですから。葬儀は聖域である神社では行われないんですよ。ほら、神棚もああやって穢れを避けるんです」
天井に近い位置に神棚が祀られており、神棚の前に半紙が垂れていて、まるで御簾のようだった。
「こちらです」
女性に促されて廊下を突き抜けて、客間らしき部屋に通された。
広い客間にはすでに三人座って、叶を待っていた。
床の間側には座椅子に凭れて座っている上品そうな老女。叶から見て右手に二十代半ばに見える青年。左手に四十代くらいの男性。皆が一斉に叶に目を向ける。
老女は特にぶしつけに叶を見やった。
「お茶を持ってきますね」
女性は叶を残し、今来た廊下を引き返していった。
叶はどうしたらいいかわからなかったので、とりあえず頭を下げる。
「このたびは、御霊のご平安をお祈り申し上げます」
「そこにお座りなさい」
老女が凜とした声だが、息苦しそうに叶に座るように促した。
ふすま側の座布団を指し示され、叶は座に着いた。
「私は、希の祖母、おまえの祖母でもある、美千代です」
ほとんど初めて会ったと言える美千代が感情なく名乗った。
「この子は
自己紹介された一夜が頭を軽く下げる。希はまだ十九歳だったのに、すでに婚約者がいたのだ、それに過去形をわざわざ使う必要はあるのだろうか、とまたも居心地の悪いものを感じる。それと、なぜ希の婚約者がこの場にいるのだろう、と不思議だった。
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