2

 hiroに続いて、ウタが締めくくる。


「今回の『生でどうぞ』はどうだったかな〜? 次回は検証編! 楽しみにしててよ〜」


 いったんカメラの画像が地面を撮して、もう一度持ち上げられた。


「じゃあ、だらだら行きますか〜!」


 どうやら、『生でどうぞ』には、心霊スポットを撮る本編と、余韻を楽しむためのだらだら番外編があるようだ。


「今日はあんまり怖くなかったなぁ。やっぱりあれだけ荒れてたら、人の気配が残っちゃって興ざめしちゃうんかな?」

「かもねぇ」


 十分ほど、視聴者のコメントに答えながら、hiroとウタがおしゃべりをしている。


 そのうちポタッとレンズに水滴が落ちた。


「雨だ」

「車載にする?」

「そうだな」


 二人が廃墟近くに停めた車に向かう。NIGHTも機材が濡れてしまうのを避けるためか、布か何かをカメラに掛けたようで、画角が欠けた。


 その画角の隅にhiroとウタが写っている。それともう一人分の下半身が現れた。闇に紛れていきなり現れたので、NIGHTが驚いて声を上げた。


「怖かったですかぁ?」


 明らかに、同い年くらいの、二十歳前後の少女の声だ。


「あ、こんばんはー! 怖かったですよ〜」


 hiroがわざとらしく嘘をつく。


 けれど少女は笑って受け流し、そのまま廃墟に向かっていった。


 普段ならNIGHTも第三者を撮ることは無かったと思うが、なぜかレンズは黒い着物姿の少女を追っていった。カメラは、少女が閉ざされた玄関を開けて中に入るのを捉えた。


「あれ?」


 NIGHTが不思議そうにつぶやいた。


「あーあ、一人で入っちゃったよー」

「勇気あるねー。うちのスタッフに誘っちゃう〜?」


 二人は視聴者のコメントを読みながら、ふざけている。


 NIGHTだけがカメラを廃墟に向けたまま、撮り続けている。


「さっきの女の子、こんな場所によく着物着て来れるな」


 NIGHTが呟くと、それを聞いたウタが笑う。


「え〜? ワンピースだったじゃん」


 NIGHTが廃墟を撮り続けて一分ほど経ったとき、二階の窓から白い顔が覗き、手を振っているのが見えた。


「おい」


 NIGHTがhiroに声をかけた。


「あれ……? すげーな、あの子」


 hiroが感心したように呟いたあと、

「ちゃんと戻れるかな」

 と、続けた。


 ウタが呆れたように一緒に廃墟に目をやる。


「戻れるでしょー、大丈夫って」

「ちょっと、俺、見てくる」

「え?」


 ウタが止める前に、hiroが雨の中、走って廃墟の玄関から入っていった。


「ちょっと、ちょっと」


 ウタがカメラに顔を向けて、NIGHTの指示を仰いだ。


 気づくと、二階から手を振っていた少女の姿は無くなっていた。hiroが少女を連れて外に出てくるのを、二人は待った。けれど、待てど暮らせど、一向に廃墟から出てくる様子がない。


「なんかやばいな」


 NIGHTが呟いた。


「マジやばい」


 ウタも同意する。


 二人は駆け足で廃墟の玄関の前に立った。先ほど二人は確かに玄関から中に入っていった。しかし、最初に三人がここに来たときと変わらず、玄関は封鎖されて、中に入ることなどできそうにない。


 慌てて二人は、撮影も忘れて、窓から中に入って二階へ急いだ。酔ってしまいそうなほど映像が揺れた。とても見られた映像では無かった。


 NIGHTがようやくカメラをまともに構えた。その画角にhiroが写っている。口を開けてぼんやりと佇んでいる様子は、不安を誘う。


「ねぇ、hiro!」


 ウタがhiroの肩を揺さぶった。hiroの上半身がガクガクと前後に揺れる。最後にはhiroの背中を、バンバン音がするくらい力一杯叩いていた。


「痛て!」


 いきなり、hiroが大きな声を上げた。


「hiro!」

「おい、大丈夫か?」


 ウタとNIGHTが慌てて声をかけた。


「痛ぇなぁ……、何だよ、突然」


 まるで何事も無かったかのように、hiroがぼやいた。


 ウタが泣きそうな声で、興奮して声を張り上げる。


「突然じゃないよ!」

「おまえ、ほんとにおかしかったよ」


 NIGHTもウタに賛同した。


「あれ? 女の子は?」


 hiroが部屋の中を見渡した。三人以外だれもいない。声を押し殺して様子を探っても、足音も何も聞こえない。窓の外でぱらつく、雨の静かに弾ける音だけが響く。


 NIGHTが震える声で二人に言う。


「なぁ、これってみつちさんじゃね?」

「みつちさんって、おみず沼の妖怪かよ」

「まずいよ。俺たち、みつちさんに返事した」


 NIGHTの手が震えているのか、画角が揺れる。


「あんなの迷信だろ? そんなのが怖いのか?」


 hiroがからかう。


「怖いとか、そういう問題じゃないんだよ。やばいんだよ。なぁ、俺、祓える人知ってるから、今から行こう! ●●ザザーさんとこに行こう。●●ザッさんなら、祓える! 早く! マジでやばいから!」


 NIGHTは切羽詰まった声音で二人をせっついた。


「はぁ? お祓いとか、信じてんのか? そういうのは詐欺師だろ」

●●ザッザーさんは詐欺師じゃないよ。早くお祓いしないと、死ぬぞ?」


 ウタが裏返った声でわめく。


「何なの? みつちさんとか、お祓いとか! 何言ってんの? わけわかんないよ。早く帰ろうよ! もういいから。二人とも、帰ろうよ!」


 それがすべて映像に収められている。時折、音声にノイズが走った。


 ガチャガチャと音がした途端、ブツッといきなり映像が切れ、生放送はそれで終わった。『生でどうぞ』の動画更新や生放送はそれきり途切れた。




 概要欄を見ると連絡先が記載してあった。NIGHTにメールを送ると、返事があり、匿名でならと、生放送の裏で何が起こっていたのか教えてくれた。お祓いをしたのかと訊ねると、NIGHT自身は、●●さんにお祓いをしてもらったが、ほかの二人はお祓いも何もしなかった。それ以後、二人とは連絡が取れてないという。


 二〇■■年 Mより聞き取り。福北大学●●記す

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