シーン6

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 葬儀が終わり、神棚と祭壇の前面に白い紙を貼り、天水と一夜は先に墓所に参り、地鎮祭と儀式をおこなう為、菟上家の墓所に向かった。枕直しの儀を省略しての、神葬祭だった。

 希と美千代を同時に墓所に埋納しようという話になったのだ。まさか、美千代まで急逝するとはだれもが思ってもいなかった。異例のことゆえに、亡くなった病院で美千代の遺体を浄め、葬儀社に納棺を済ませてもらった。

 昨日帰った弔問客がまた慌ただしく、菟上家に集まった。たまたま分家の何人かは希の跡を叶に継がせるべきか話し合いをする為に残っていた。そんな中で当主代理の美千代も亡くなったので、本家には希の時以上の分家が集まっていた。

 当然、叶の養父母も葬儀に参加したが、当主を継ぐであろう叶と目が合うと寂しげな笑みを浮かべた。もう二度と帰ってこない娘を見送りに来たような表情だった。

 それを見て、叶は斎主の席から立ち上がって、「私は継がない! 帰る!」と叫びたいのを我慢した。さすがに横暴な祖母の神葬祭で騒ぎ立てるのは、粛々と葬儀を執りおこなっている天水と一夜に悪いと思ったし、非常識だと自覚していた。養父母にも迷惑を掛けてしまうだろう。

 神葬祭が済むまでの辛抱だ、と叶は自分に言い聞かせた。

 火葬場に行く前、故人に花を添える為、美千代の柩が開けられた。いくら整えても上手くいかなかったのだろう。美千代の死に顔は、怯えているような苦悶に満ちて歪んでいた。息を引き取る最期に美千代は何を見たのだろうか、と叶は訝しく思った。



 葬儀が終わり、直会なおらいが始まった頃には、すっかり日も暮れていた。

 叶はようやく解放されて、養父母を探したが、見つからない。分家の女性に訊ねると、もう帰ったと告げられ、叶は養父母に捨てられた、と絶望した。こんなことになると知っていたら、最後に一緒に過ごした一ヶ月間、意固地にならずに謝っていたのに。けれど、後悔しても遅い。

 叶はがっくりと肩を落とし、直衣を脱いでくつろいだ姿の天水の隣で、直会の折詰にも箸を付けずにぼんやりとしていた。

「食べないのか?」

 と、聞かれても、叶はとても食べる気がしない。朝からまともに食事もとってないというのに、空腹を感じても食欲が湧かなかった。

「食欲がなくて」

 素直に叶は答えた。すると天水が神妙な顔つきになって声を潜める。

「食べておきなさい。このあとは遺書が開封されるから。体力を付けておかないとたないよ」

 そう言われて、叶は渋々折詰を開けて箸を付けた。

「一夜さんは?」

 ふと、一夜がいないことに気付いた叶は辺りを見渡した。

「一夜は弁護士を呼びに行っているよ。ようやく私も肩の荷が下りたよ」

「どうしたんですか?」

「一夜に跡を継がせたから、私はようやく隠居できる。今後は一夜に何でも聞きなさい」

 跡を継がせたと聞き、それで葬儀の時に一夜が祭文を読んでいたのか、と腑に落ちた。

 一夜が宮司になり、次は叶が当主になる。とうとう、遺書を聞くときまで菟上家に引き留められていた。遺書が開封されたら、多分後戻りするのは難しいかも知れない。

 ここに来た最初の勢いを、叶は失っていた。考えてみると、蔵に閉じ込められてから、ずっと諦めてしまっている。

 菟上家を蝕んでいる因習に足を取られて、泥のような血統の習わしに引きずり込まれているような気さえする。



 直会も一時間ほどで落ち着いた。折りたたみの長机や折詰のゴミが片づけられて、最後まで残っていた分家の親族たちが上座に向かって着座し、遺書の開封を待っている。叶は天水に促されて、上座のざぶとんに正座した。

 叶、一夜、天水の順に並ぶ。天水の隣に顧問弁護士が待機していた。

「お願いします」

 一夜が顧問弁護士に頭を下げる。

「お集まりの皆様、お待たせいたしました。今から、菟上美千代様の遺書を開封いたします。遺言書は後日、裁判所立ち会いの元に開封いたします。では……」

 叶は拳を固く握って、膝に乗せた。二十人ほどの親族たちの視線が一斉に叶を向けられる。自分自身を射貫くような圧力を感じ、叶は顔を上げることができなかった。

「菟上美千代は、次期当主を叶とする。叶は必ず三日後に一夜と婚約の儀を執り行うこと。その三日間、叶は水葉の鎮魂祭をおこなうこと。また水葉の慰霊碑を建てること」

 親族たちがざわめく。叶の耳に、「なんで今頃水葉の?」とか、「慰霊碑まで?」と一番の謎である水葉の鎮魂祭について聞こえてきた。

 他の婚約の儀のことや、当主を叶に、ということに関して不満はなさそうだ。分かりきったことなのだろう。

 それにしても四十年以上経っているのに、今更、水葉の鎮魂祭をおこなうのは美千代自身しか知らない理由があるからだろう。『おかみさま』の祟りと言っていたのに、本当は水葉の祟りだと知っていた。美千代は祟るほどのことが水葉に起こったと分かっていたのだ。過去の後ろめたさを、水葉の鎮魂祭で帳消しにするつもりなのか。

 そうなると、水葉の死に美千代が深く関わっていたことになる。






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