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 ちょうど、天水がやって来た所だった。

「二人ともどうしたんだ? 叶、疲れているだろうが、巫女舞の一夜漬けだ。遺書には明日から三日間、鎮魂祭をしないといけないとあっただろう? 巫女が鎮魂の舞を舞わないと、どうにもならないからね」

 天水に促され、彼の後ろを付いていく。一夜も一緒に付いてくるので、叶は訝しげに天水を見やった。

「巫女舞に一夜さんが必要なんですか?」

 すると、天水が後ろを振り向かずにその問いに答える。

「一夜は宮司だからね。重要な役割があるよ。巫女舞には本来、雅楽も必要なんだが、『おかみさま』——本当は『みつちさま』だが……、神様へ奉納するときは太鼓が使われるんだ。号鼓ごうことして使う場合と、『みつちさま』に祝詞奏上する際に同時に奉納太鼓をする場合がある。太鼓の音が雷鳴に似ていると、龍神である『みつちさま』が喜ばれると言い伝えられているんだ。その太鼓を打つのが一夜の仕事だ」

 それで、みつちさんをお祓いするときに、一夜が太鼓を打ち鳴らしていたのだと合点がいった。夢で美都子が天水のお祓いをしたときに、巫女舞を舞いながら、文蔵の打つ太鼓と神楽鈴の音に合わせて、次第に高揚としていき、いわゆるトランス状態になったことを思い出した。

 要するに、これから叶自身も、美都子のように太鼓の音に合わせて舞い、トランス状態にならなければいけないと言うことだろう。できるわけがないと思っていると、今朝まで閉じ込められていた蔵へ続く扉の前に立っていた。

「あまり良い印象はないと思うが、ここで皆練習をしてきた。ここなら、太鼓も舞も同時に練習できるからね。まぁ、今日は舞だけ覚えてもらうんだが」

 明日までに、『鎮魂の舞』を覚えなければならないらしい。

「食事を終えてから、着替えてここで巫女舞の練習だ。講の方々に手伝いをしてもらう手はずは整っている。舞の型を知っている人に手本を見せてもらいなさい」

 その後、叶は食堂に通されて、軽く夕飯を食べた。天水と一夜がいないので家政婦に訊ねると、二人は一旦天水家に戻ってからまた来るらしい。

 夕食を終えると、広めの座敷に連れていかれ、信者二人がかりでまたも黒い振り袖を着せられた。

 振り袖を着付けられて、姿見が持ってこられる。きっと叶がロングヘアだったら、遺影の中の希にそっくりに見える。皆は、叶が希として立ち振る舞うのが一番正しいあり方だと思っているようだが、如何にこの状況がおかしいのか、希の幽霊が教えてくれていた。

 三歳の時に別れたきり、会うこともなかった実の姉。彼女はこの暗澹とした菟上家で、どんな思いで成長し、何を恐れて逃げ出したのだろう。彼女の忠告は何一つ叶に届かなかった。もし、ここに来なければ、もし、あの時なんとしても逃げていれば……、今更そんなことを考えても仕方ないのだが。

 巫女と当主の席を継いだのならば、これに乗じて結界を張り直してもらうことができる。婚約の儀前までにそれを成し遂げよう。今のところは言うなりになっている振りをすればいい。

 着替えてしばらくしたら、天水と一夜が屋敷に戻ってきた。彼らも衣冠し、正装している。巫女舞のことをスマホで調べていたら、動画で上がってくるのは神楽のことばかりだった。厳かに、笙と笛の音を中心に、ゆったりと巫女が舞っている。

 神様の巫女舞は、白昼夢で見た限り、舞踏に近い形なのかも知れない。振り袖のことも調べると、この長い袖の振り方に魔を祓う意味があるそうだ。天水が言うには長い袖の着物が巫女装束となったのは江戸時代からのようだが、黒地に宝尽くし柄には何か意味があるのだろうか。

 雨乞いの踊りも、踊りと称するほど賑やかで楽しいものが多かった。山車を引き回して龍蛇に祈願する方法もあった。

『おかみさま』——『みつちさま』の雨乞いも、大人数でおこなうくらい激しいものなのだろうか。他の雨乞いは大人数でおこなうのが当たり前のようだ。国指定無形民俗文化財に認定されるほど、由緒のある踊りもあって、それは風流踊と呼ばれている。特に巫女が踊る、男性は踊れないというわけではなさそうだ。

『おかみさま』信仰がいつからおこなわれていたか。叶自身が県別郷土資料集を参考にレポートを書いたとおり、菟上神という名称が出るくらいだからおそらく神代からと言うことにしたいのだろう。

 儀式を数少ない古文書に残している分家がいて、彼らから儀式作法を教わりながら、鎮魂の舞を舞っていく。『おかみさま』信仰は、菟上家よりも講の信者のほうが詳しく、根強い民間信仰なのだ。

 巫女舞の所作は、思っていたほど難しくなかった。とにかく、太鼓の音に合わせて神楽鈴を鳴らしながら、円を描くといったものだ。それ自体は、お祓いの巫女舞とさほど変わらないが、太鼓のリズムが違った。

 覚えなければならないする祭文がそれぞれ違うことだけが、叶には難しかった。ただ、祭文は天水と一夜が覚えているので、叶が覚えるまでは彼らが唱えたらいいと言うことになった。叶は、必ず家に戻ると決意していたので、一言も覚えるつもりはなかった。

 その代わり、叶が見た美都子が舞った巫女舞を覚えていた。俯瞰で見つつ、美都子の中にもいたおかげで、何が起こっているのか夢の中ではよく理解できていた。

 彼女たちの思いや考え、感情が、ダイレクトに叶にぶつかってくる。叶はその感情を噛みしめ、彼女たちの知っている神様に思いをはせる。

 あくまで、『おかみさま』は後付けの祭神で、巫女が仕えているのは『おかみさま』ではない。みつちさんは『みつちさま』が零落した存在だと思っていたが、今では別ものだと思っている。『みつちさま』が巫女の姿形を真似るとは思えなかった。

 祟りは、霊力のない巫女が三代続いてしまったことが要因だろう。祭祀に必要な霊力が足らないせいで、起こったことなのだ。

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