4
お手洗いで一人きりになるのが急に怖くなって、叶は客間に早足で戻った。
後ろ手でふすまを閉じて、いそいそと座布団に座した。
叶はざわめく気持ちをごまかすために、一夜を見て息を吸った。
「あの、母に会いたいんですけど、母はいないんですか」
お母さんとは言い辛かった。氷川の母親が本当の母親だと思っていたからだ。当然のように天水に対しても同じ思いがある。
すると、一夜が寂しげな笑みを向けてくる。
「君のお母さん——美都子さんは君と希さんを産んですぐに亡くなったよ」
「あ……、すみません」
失言したと思って、叶は謝った。てっきり母、衣織は生きていると思っていたので、予想外の答えに驚いた。
「知らなかったんだから、仕方ないさ」
「あの、美都子さんはどんな人だったんですか?」
自分を産む前の衣織はどんな女性だったのだろう。天水とはどのように出会って結婚したのか、興味があった。
「ごめん、美都子さんの事は俺もよく知らないんだ」
叶はそれを聞いてガックリと肩を落とした。
「じゃあ、父は?」
なんとしても自分の父母について知っておかないと、ここに来た意味がない。叶は食い下がるように訊ねた。
「君の父親は天水家の屋敷にいるよ。希さんの葬儀で俺と代替わりするから、葬儀の時に本家に来る。そのときに会うといいよ」
葬儀が終われば、手が空くだろうからと聞き、葬儀が終わるまではおとなしくここにいるしかなさそうだった。
「一夜さんも美豆神社の宮司なんですか? もしかして葬儀が神式なのは何か関係があるんですか」
「俺は養父さんの跡を継ぐんだ。菟上家が祀っている『おかみさま』は、美豆神社のご祭神、
話では菟上家の当主は巫女だと聞いた。
「希が巫女になるまでの間、だれが巫女だったんですか?」
「美千代さんだ」
叶は首をひねる。
「でも、美千代さんは霊力がなかったんじゃ? 私がみつちさんに魅入られたとき、祓ったのは美千代さんだって聞きました」
「うん、美千代さんには霊力はない。それに美千代さん以外、お祓いの作法を知っている人がいなかった」
しつこいと言われるかもしれないが、叶はもう一度訊ねる。
「希が生まれてなかったら、だれが巫女になるんですか?」
「君だよ。本当にだれもいないときは、霊力があろうとなかろうと直系の娘が継ぐ。娘がいなければ、霊力のある分家の娘が巫女になる、美千代さんが継いだときにそう決めた」
先ほどから一夜が言う霊力のことが気になった叶は、単刀直入に疑問を投げかける。
「霊力がなかったら、そもそも巫女として役に立たないんじゃないですか? 菟上家は祈祷師の家系じゃないですか」
「美千代さんの代から、霊力の強い女性が亡くなることが続いたんだよ。今も美千代さんが引き続き代理を務めているけど、見ての通り、美千代さんの病気が重たくて。菟上本家が君の肩にかかっているのは確かだよ。本家の後継者で生き残っているのは、君だけだから」
「本当に、ほかに本家の人はいないんですか」
「本家の人間は、君以外にいないんだ」
だからといって、素直に当主になるわけがない。
「じゃあ、さっき言った通りに、霊力のある分家の女性に後を継がせればいいんじゃないですか」
「それは最後の手段だよ」
何を言ってものれんに腕押しだ。叶を当主にと望む意志を曲げそうになかった。
「本当に、今まで分家の女性が巫女になることはなかったんですか?」
一夜が強く言い切る。
「神様が望むのは菟上家直系の娘なんだ。確かに分家の霊力のある娘を連れてきてもいいけど、一人でも直系の血筋の女性がいれば、そちらを選ぶよ」
みつちさんに魅入られたからと、お祓いをして分家へ養女に出しておいて、希が死んだら手のひらを返して当主になれなんて、都合が良すぎて納得がいかない。
「私は霊力なんてないです。だから当主にも巫女にも向いてないです」
一夜の優しかった口調が厳しくなる。
「それでも巫女になるんだ。巫女がいなければ、菟上家は滅びてしまう」
「巫女がいなければ菟上家が滅ぶってどういう意味ですか?」
一夜が、一瞬複雑そうな表情を浮かべる。
「美千代さんには水葉という妹がいたんだ。とても霊力が強くてね、巫女として遜色がなかった。けれど、水葉さんが亡くなって、美千代さんが継いでから本家に不幸が続いてね、美千代さんが出産するまでそれは続いた。美千代さんは『おかみさま』の祟りだと説明したそうだ。霊力のある美都子さんが生まれて、ぱったりと祟りが鎮まったことから、霊力がない巫女でも跡継ぎさえ産めば、祟りは鎮まるとみんな信じるようになったってわけだ」
叶はその話を聞いて、引っかかるものを感じる。
「美千代さん——巫女だけじゃ、祟りは抑えられなかった……? 結局は霊力のある跡継ぎが生まれないとだめなんじゃ?」
そう考えると、本家の娘は跡継ぎを産むための道具でしかない。叶は嫌悪を感じて眉をひそめる。
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