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 仮面から目をそらして、叶はおみず沼を見やった。

 灰色にたゆたうおみず沼には、一体何が潜んでいるのだろう。そのことばかりが叶の脳裏をよぎる。

 少し遠回りをして、叶と一夜は菟上家に戻ってきた。

 駐車場の車の数と、玄関に並べられた靴の数で、ずいぶん多くの弔問客が訪れていることが分かる。

「そろそろ準備をしないと、ギリギリだ」

 一夜が慌てて靴を脱いで玄関の上がり框に足を掛け、叶を振り返った。

「君も葬儀の準備をしてきたら?」

「そうします」

 叶が答えた途端、背後から激しく地面を鳴らす音がしてきて、大粒の雨が砂利に降り注いだ。



 希の葬儀は異例だったため、火葬だけ先に済ませた状態で戻され、屋敷で葬儀がおこなわれた。

 叶は見たことも聞いたこともない葬儀に戸惑いながらも、周囲の真似をしてなんとかやり過ごした。

 にび色の斎服を着た、まだ顔合わせもしていない父が祭文を唱え続けている。一夜も鈍色の浄衣じょうえ姿で、側に控えている。

 美千代に促されて慣れない手つきで白いひらひらしたものを付けた榊を祭壇の前の机に捧げる。祭壇に向かって、二回深くお辞儀をし、しのび手で音をさせないように二回手を打ち、また一礼する。

 その間もずっと父——宮司である天水の独特な発音の声が座敷中に響き渡る。日本語なのだろうが、叶には聞き取れない。

 儀式を終えると、一旦部屋を出て、鈍色の斎服から白色の斎服に着替えた天水が、今度は帰家祭の祭文を上げ始めた。

 無事に葬儀が終わり、希の位牌のようなものが、祭壇に収められた。

 帰家祭葬儀のあと、座敷のざぶとんを片づけ、代わりに折りたたみの座卓が並べられた。直会なおらいの準備ができるまで、弔問客に交じって、何をしていいやら分からない叶は座敷の隅に座っていた。

 弔問客の数人が、チラチラと叶を見ては何か囁きあっている。

 叶はもうここまで、自分がここに来たことが伝わっているんだと思い、少し不愉快になった。自分は本家の人間ではなく、氷川家の一人娘だと強く思う。しかし、そういう意固地な思いが、反対に養父母を困らせてしまうかも知れない、と考えて硬い笑顔を浮かべる。

 現に、養父母もここに来ているはずなのに、声を掛けてくれない。見捨てられたような気持ちになって今度は泣きたくなる。

 昼まで開け放たれていた、広縁の掃き出し窓は閉じられて、窓ガラス越しの風景は、ガラスに叩きつけられる雨ににじんでモザイク模様になっている。

 帰っても養父母から拒絶されたら、と急に不安になってくる。逃げ場を失って、帰るところすら奪われたらどうしたらいいのだろう。

 ぼんやりと外を眺めながら考え込んでいると、「叶さん」とまた声を掛けられた。

 ハッとして顔を上げると、午前中に自分を案内してくれた女性だった。見知った顔だったので、なんとなく叶は安堵した。

「美千代さんがお呼びです」

 嫌な予感がしたが、断るわけにはいかず、ゆっくりと立ち上がって女性の後ろに付いていった。暗い廊下を何度か曲がり、奥座敷に通される。葬儀を途中で下がった美千代が、大儀そうに座椅子に寄りかかって座っていた。

「叶、座りなさい」

 立ち尽くしている叶に美千代が座れと促す。

 分厚いざぶとんに渋々と正座するのを見届けて、美千代が遠くを見るような目つきで叶を見つめる。

「もうすでに話したかも知れないですが、今日からこちらに居を移してもらいます。できるだけ早く一夜との婚儀も準備しますよ」

 嫌な予感が的中して、叶は思わず大きな声を上げた。

「聞いてません! なんでわたしがここで暮らさないといけないんですか。一夜さんと結婚とか、そんなことしません!」

 突然、壁が激しく叩かれた。床の間のたがい棚がビリビリと震える。隣の部屋の人間が、叶の声の大きさに苛立ったのだろうか。叩かれた壁を驚いて見ていると、美千代が咳払いをした。疲労の浮かぶ感情のない目を向けてくる。

「嫌とかそういう問題ではないのです。このままだと菟上本家は絶えてしまいます。あなた一人しか残ってないのですから、本家の人間として責務を全うしなさい」

「責務って……、私を養女に出しておいて、希が死んだら戻ってこいとか、私はものじゃない。そんなだから、希も逃げ出したんですよ!」

 すると、美千代が目を剥いた。

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