2章 1人目

「若林ってひと凄いな。僕にはできないや」


 僕はとあるニュースを見ていた。それは世間を騒がせている獄中から逃げようとした脱獄犯と、その脱獄犯の手助けをして自らの命を絶った男のニュースだった。

 僕は羨ましく感じていた。それだけの行動力とそれだけの勇気、そしてそれだけ周りに迷惑をかけるということを想定していない馬鹿さ加減、全てにおいて僕に無いものだったからだ。


「ほら、ユウキ。アオイちゃんが来たわよ」

「うん」


 ニュースを見ていると母親から告げられる学校へ行けという圧迫と、隣人が迎えに来るという最悪なストーリーだ。仕方なく制服に着替えて、僕は通っている中学に登校する。


「アオイちゃん。ごめん」

「ううん。いこっ」


 アオイというのは僕の家の隣人で昔ながらの関わりがある、ハッキリ言えば幼馴染だった。アオイはかなりの美人で学校に着くなり、親衛隊のようなものが出迎える。僕はあっという間に除け者にされる。


「さ、先行くね」

「え、ユウキっ!」

「ご、ごめん」


 僕は逃げるように校門を通り教室へ向かった。僕の席は窓際の列の1番後ろといういかにもボッチや陰キャにピッタリな席だった。


 授業中も当てられることなどなく、目立つのは幼馴染のアオイやアオイの周りにつるんでいる容姿のいい女の子たちだ。


 昼時、僕は教室で弁当など食べることが出来ず、トイレへ駆け込む毎日だった。そんな生活に嫌気がさしていた。そんな時だった。


「ユウキ。一緒に食べよっ?」

「う、うん」


 アオイに誘われてしまい、思わず返事をしてアオイの近くに立った時だった。


「はぁ?」

「え?」

「アオイ、なんでこんなやつ誘うわけ?」

「え、幼馴染だから」

「え、幼馴染?!」

「変?」

「変というか見合ってないというか、アオイこんな可愛いのにそいつめちゃくちゃ陰キャじゃん」

「うん。そこがいいじゃん」

「……アオイもういいよ」


 アオイが変に責められてはいけない。そういう義務感に駆られるとともに、自分の容姿や性格の気持ち悪さに走りながらトイレへ駆け込んでいた。そして1粒、2粒と涙がこぼれていた。


 少しだけ心が落ち着いた頃、アオイに謝ろうと教室に戻った時だった。アオイといつも絡んでいる女の子たちは僕を囲みながら言った。


「アオイと喋んなよ」

「え……?」

「あんたみたいなやつ、アオイが汚れる」

「いやでも、幼馴染……」

「知らねえよ。ゴミが喋るなよ」

「す、すみません」

「分かったなら二度とあたし達の横を通ったり、アオイに話しかけようとすんなよ。それとアオイに話しかけられてもお前は逃げろよ」

「は、はい」


 女の子がどれほど怖いのか、そしてアオイがどれほどまでに僕と違う世界に居るのか分からされた。僕は大人しく席に座り、アオイが近づいてこないように願っていたが、アオイは僕に近づいてくる。


「ね、ユウキ」

「ごめん」


 僕はアオイを突き飛ばしてしまい、そしてそのまま教室から走り抜けた。その時のアオイの表情は見れなかったが、僕を軽蔑しているに決まっていると決めつけてしまっていた。


 ☆☆☆


 そんな生活が数ヶ月経った頃、アオイは僕の家に来ることも、遊びに来ることも無くなり、学校でも教室でも話しかけてくることも無くなった。これが僕の生き方、そしてアオイの生き方として正しかったんだと思った。


 そしていつものように何事もなく学校が終わり、ゆったりと本を読みながら歩いていると、校門の前に車が停められていた。よくよく見ると僕の両親の車だった。走りながら近づくと、母親は神妙な面持ちで僕の首根っこを掴み車の後部座席に思い切り座らせた。


「お、お母さん?!」

「あんた、話あるから」


 これだけ怒っている母親を見るのは初めてだった。連れていかれたのは精神病院だった。


「お、お母さん」

「……いいからおいで」


 どうやら母は僕に怒っているような感じではなかった。何か別のことに怒っているような、そして悲しんでいるような気がしていた。母について行くとあっという間に診察室へ連れていかれた。


「初めまして。ユウキくんだね」

「は、はい」

「お母さんから話は聞いていてね、どうやら君は鬱病なんじゃないかって」

「……はい?」

「いやいや、警戒はしなくていいんだ。ただいつものような生き方をしていない、表情も暗い、いつも聴いていた音楽を辞めた、本の虫だったはずの君が本を一冊の半分も読めなくなった。って聞いてね」


 医者の言葉は的確で、その通りだった。あの女の子たちに囲まれて以来、アオイと絡まなくなって以来何をしても楽しさなど無くなっていた。


「は、はい」

「そっかあ。詳しい検査をしようか」


 色々な検査を施し、検査終わりの数十分後検査結果が出ていた。うつ病と診断されていた。


「……」

「自覚症状が無いだけ良かった。早期発見だからね」

「……」


 自覚が出た瞬間身体が重く感じた。


「ユウキ。帰るわよ」

「う、うん」


 この日から僕はうつ病というひとつの病と闘いを始めた。

 翌朝から身体が重く何をする気にもなれず、何気に今まで皆勤賞だった学校を初めて休んだ。1日中布団にいた。


「ユウキ、ご飯」

「……うん」


 ご飯をひとくち食べると吐き気がして、トイレにこもった。僕はあまりにもおかしいとスマートフォンで自覚が出てからのうつ病がこんなにすぐに症状が現れるのか調べた。


 だけどのサイトにも【人それぞれの症状が違う】としか出なかった。


「おかしいよ……」


 数日後僕はうつ病の恐ろしさを知ることとなった。

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