真実

 女記者は俺の腕を思いっきり掴む。握力が凄まじいのか振りほどこうとしても全くビクともしなかった。仕方なく大人しく席に座ると女記者は笑みを浮かべる。


「座ってくれて良かった」

「……で?」

「貴方と彼女が出会った場所は?」

「とある橋の上」

「貴方と彼女の最後は?」

「俺の自宅」

「ありがとうございます。ではこれから真実をお教えいたします」

「……はい?」


 記者は真面目な顔をし始めた。先程まで浮かべていた薄ら笑いは消え去り、眼がキマッていた。


「お、おい」

「私は死んだミチコの姉です」

「は……?」

「あなたのお話は聞いていました。とても優しい人だと」

「……」

「ここからが真実です。彼女が書いた遺書は親に捨てられ燃やされ、今全世界に公開されている遺書は親のものです」

「なんだって……?」


 そのあと聞いた話は全て作り話のように聞こえた。だが嘘を言っているようにも思えなかった。全てを聞き終えた後に、女記者は笑いながら言った。


「貴方と会えて良かった」

「……こちらこそ。生きる希望を見いだせたよ」

「それなら良かった。出来ればその」

「ん?」

「私と暮らしてくれませんか。妹を守ってくださった貴方と生きたい。彼女の生き様を忘れないようにしたいんです」

「……住む家もありません。金もありません。働き口もありません」

「いいんです。私が養います」

「……お願いします」


 俺は晴れてホームレスから女記者のヒモとなった。


 ☆☆☆


 翌日から彼女の家にお世話になることとなった。隅々まで綺麗にされているだけでなく、PCやゲーム機まで揃っている豪勢な部屋だった。そして俺の部屋も用意されていた。


「ここがあなたの部屋。好きなように使って」

「ほんとにいいのか」

「えぇ、もちろん」


 あまりの優遇さに数日間は落ち着かない生活が続いたが温かい飯を食べられる喜びには何も変えられなかった。


 こんな生活が数年間続いた。苦しい生活などなく俺は幸せいっぱいだった。彼女も新聞記者として真実を訴え続けたが、結局叶わず、世間からの嫌われ者で、クズという認定は変わる訳もなかった。


 だが、幸せはここにあった。家もあるゲームもある、仕事が出来なくとも温かい飯がある。そして何より味方がいるのは何にも変え難い。


「……おにいさん」

「なんですか?」

「お話があるんだ」

「……なんだ?」

「私ね、あなたの事が大好きなの」

「……」

「ふひひっ」

「え?」


 急に彼女の眼がキマッた。その瞬間俺の身体は縛られ、身動きの取れない状況にさせられた後、不思議な袋に入れられる。


「おにいさんごめんね。私の玩具になって!」

「ううぅんーん!!」

「あ、お話できないよね」

「ブハッ!!! 何すんだ!!!」

「アハハハハッッ!!」

「え?」

「あいつが私の妹なわけないでしょ。騙されすぎッッッ!!!」

「?!?!」

「私はあなたのことをストーカーしてただけよ! 好きなの、大好きなの。全てが欲しいの。身体も股間も四肢も脳も何もかもッ!!!」

「や、やめろ!」


 そこから俺は監禁され、息はできるが身動きの取れない袋に入れられる。何百日監禁されているのか分からない日々が続いた。


 だがそんな日々が突如として終わりを告げた。


「警察です」


 玄関から聞こえる。彼女と警察が言い争う声。そして俺の監禁されていた部屋が開かれる。


「大丈夫ですか!」

「離せゴラアアアッッ!!!」

「暴れるなッ!!」

「拉致、監禁の容疑で逮捕する」

「あああああああああッッ!!!! 私の私の玩具がああああッッ!!!」


 家に響く彼女の断末魔。俺は約1年の間、監禁されていたようで自分で地面にたち歩くのは1年ぶり。変な気分で初めて立ったような感覚に陥った。


「……貴方に謝罪を」


 突如警察が俺に頭を下げてくる。


「な、なんですか?」

「数年前、貴方が匿ってくださった少女について、改めて私から捜査し直すように頼み込み、事実がわかりました」

「え?」

「公開された遺書は、両親に書かされたというもので、本物の遺書は彼女が親に隠し通して自室のタンスの奥に隠されていたようです」

「……」

「そして内容を読み、貴方がおかしくなかった事が証明されました。数年間苦しい想いをさせ申し訳ございません」

「いえ……」


 本当の事実を警察が掴んだのなら本望だ。こうやって今も命がある。その嬉しさでいっぱいだった。


 ☆☆☆


 後のニュースによって、世間は手のひら返しをする。俺はようやく社会に戻ることが出来た。その経験を糧にして今は各小中高の特別講師としてこの話をしていた。


「質問ある人いるかなぁ?」

「はい!」

「じゃあそこの子!」

「3年1組のカオリといいます」

「はい」

「自殺を止めて良かったと思いますか? 私は自殺を止めることはとてもじゃないですが、その人のためにならないと感じます。今のお話の中でも」


 そう質問する17歳の少女を教師が止めようとしていた。


「こら、その質問は失礼でしょう!」

「先生。大事な質問です。最後まで聞きましょう」


 俺は教師を止めて少女の質問を最後まで聞いた。


「あ、えっと。今のお話の中でも、遺書が偽物だった訳ですけど、あれが本当に彼女が書いたものならあなたは世間から嫌われて一生除け者です。怖くないんですか。そうなりたくないし偽善者ぶるのは怖くないんですか」

「答えます。自殺を止めること。それは確かに良くないんでしょう。命を捨てるにはそれ相応の覚悟があります。それを止めるんですから彼女、彼らにとっては苦しいことかもしれません」


 そう語っていた時だった。

 後ろの扉がガラッと開く。


「……あああああっっ!!!」

「お前は?!」

「みぃつけたああああっ!」


 俺を監禁していた女が現れた。俺はすぐさま逃げる準備をしたが、女は一瞬で俺の目の前にきていた。


「私陸上やってたんだぁっ!」

「な、何しに来た!!」

「逃げてきたんだ。あなたを拾ったのは私なのに手元からあなたが逃げたから」

「……警察に戻れ!」


 教師たちは生徒を避難させていた。その様子に気づいて止めるだろうと思ったが女がロックオンしているのは俺だけだった。


 なんで俺だけがこんな目に合うんだ。


「……お兄さんなんで怖がるの?」

「腹部に刺さってるもののせいだよ……」


 俺は床に倒れ込む。その衝撃でさらに刃物が食い込む。

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