自殺を止めた者の末路
警察が到着した。理由を洗いざらい話した結果、彼女は引き取られて行った。警察から被害届を引き下げてもらうように頼んでくれる事になった。俺の手元から彼女が居なくなった。
翌朝誰もいない静かな部屋で、ひとりぽつんと朝ごはんを食べていると速報が流れる。
「――――――速報です。先日誘拐された女性はご両親の元へ帰ってきたようで、被害届は引き下げたとの事です」
警察に全てを話したはずが、両親の手元に戻ってしまったことに、俺は寒気が走った。今回の件を恨まれて自分の娘だけでなく、俺を殺しにくるんじゃないかと冷や汗が止まらなかった。
そこから数週間、特に何も起こらず平穏な日常を過ごしていた。彼女がどうなったのかも分からないままにいつも通り過ごしていると、あの日の橋に着いていた。
「ここ……」
「やぁ、お兄さん」
「……君は」
「自殺を止めてくれたお兄さんだよね」
「……どうしてここに。それにその傷は」
「えへへ。お兄さんが警察に電話せずに匿ってくれてたらこんな傷増えなかったのにね?」
彼女は鋭い目付きで睨む。
「……いやでも、ニュースになっていたし、警察も事情を知っていれば助けてくれると」
「私言ったよね。相談しても無理だったって」
「あ……」
「お兄さんのせいで私本当に傷だらけになっちゃった」
「ご、ごめん」
「謝って済むならなーんもいらないんだよ」
「……!!!」
――――――ドスンッッッ……グチャッ……
鈍い音、生々しい臓物が飛び散る音に耳を塞ぎたくなった。恐る恐る橋の下を見る。彼女の死体が転がった。
警察、救急全てに電話をかけた。自分でも驚く程に冷静だった。彼女から責められたからだろうか。
「貴方でしたか」
「その節はどうも」
「……お話を聞かせていただけますね」
俺はまた今までの経緯を全て話した。
「つまり貴方が悪いと言って彼女は死んで行ったのですね」
「巡り巡って助けもしなかったあんたら警察のせいだけどな」
「調べたところ、あの傷は父親によるものではなく彼女自身が自分の体にやっていたそうで、部屋から見つかった遺書にも書かれていたんですよ。貴方のお名前と貴方に助けられてしまったことへの後悔が」
「は?」
「貴方が助けなければ私は私で自分を殺さずに済んだと」
「は……?」
この日から俺の人生は破滅を辿っていた。
週刊誌に報道されてから仕事をクビになり世間からは冷ややかな目を向けられた。各SNSでは叩かれ放題だった。
【偽善者】
【女の身体目当て】
【身長低い女を抱くとか、ロリコンかよ】
など目も当てられない言葉が並べられていた。それに抱いたなんて話は出ていないはず。そう思っていたが彼女の遺書から公開された一部には俺に無理矢理させられたという文が書かれていた。
近所からは嫌がらせの大量の紙が舞い込んでくる。これが自殺を止めてしまい、彼女を追い込んだ結果が招いた末路なんだと自分で自分を殴っていた。
眠れない日々が続く。とうとう精神科に通うようになっていた。医者もニュースを見ているせいなのか俺への態度が激しく冷たくなっていた。顔を変えたくなった。
田舎に逃げたくなり両親に電話をかけると、俺のことはもはや息子ではなく赤の他人扱いだった。
生きる希望も価値もなくなって、住んでいたマンションからも追い出される事となった。橋の下、ダンボールを広げて暮らしていた。子どもからは石を投げつけられる。
「……どうしてこうなった」
☆☆☆
翌日、ホームレス仲間から新聞が届く。
「おいこれお前さんだろ!」
「……え?」
ホームレスが指していたところには俺の顔写真と、俺を探しているという1人の女が書いた記事があった。
「ほら、100円やっから、電話してこい」
「い、いやあんたの大事な金だろ」
「おめぇさんの人生が変わるかもしれんのだぞ!」
「……おっさん、俺のこと知っててそんな事言ってんのか」
「……あぁ。噂はな」
「そうか。なら金なんて余計貸すなよ」
「なんでだ?」
「俺を知ってたらわかるだろう。金なんて返って来ねえよ」
「……俺はな、あんたが本当のクズだとは思えねぇんだよ。あのニュースもフェイクじゃねえのか。よってたかってひとりを叩く世の中も嫌いじゃ。しかも自殺を止めてくれた恩人に仇で返す女のやつも許せねえ」
「……100円貰うよ」
「おうよ!」
たかだかホームレスひとりの言葉だったが心に染みた。強く握られた百円玉から感じる熱さは何にも変えられなかった。
俺は公衆電話で新聞社に電話をかけた。
「あの、記事を見て」
「……もしかして、この記事ですか」
「えぇ、その僕を探しているという」
「……担当の者から直接お話をしますので、カフェ三ツ矢にてお待ちいただければ」
「あ、はい」
俺はあまりの臭さにカフェの入店を断られてしまうと思い、なけなしの金を銀行から降ろし格安銭湯で身体と頭を洗い、服を買い、カフェに着いていた。
すると入口でキョロキョロ誰かを探す女性が居た。俺は立ち上がりここだよと示すと女性は走りながら寄ってくる。
「こんにちは!」
「あ、はい」
「新聞記者のミサトと言います」
「……なんの御用で私を探していたのですか」
「今回の事件について」
「……話すことはありません」
立ち上がろうとすると女性は思いっきり俺の腕を掴んだ。
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