2章 3人目

自殺を止める者

「落ちたら死ねるなあ……」


 俺は今とんでもない状況に立ち会っていた。橋の上、落ちれば即死という中で川を見つめる少女を見つけてしまった。少女はボソボソと何かを喋っていた。飛ばないで欲しいなんて願いをしながら少女の横を通り過ぎようとした時だった。


「えへへ。死んじゃえ。私。頑張れ、飛ぶんだ。私」


 自分を鼓舞しながら自殺を仄めかしていた。俺は思わず少女の腕を掴んでいた。


「?!?!」


 少女はかなり驚いた顔をした。いきなり見ず知らずの男に腕を掴まれればそりゃ警戒するし驚くだろうなと思いながら俺は言っていた。


「し、死んじゃダメだ」

「へ……?」

「自殺なんてしたらダメだ」

「なんで?」

「え、なんでって」

「あはは。死ぬって難しいな」

「……」

「止めてくれたんだね。良心ある人なんだ」


 少女は泣きながら笑っていた。その表情が酷く頭にこびり付く。少女は俺に掴まれた腕を下におろしてダランと脱力する。


「お、おいおい!」

「……腰抜けちゃった」


 相当怖かったのだろう。1歩踏み込めば一瞬で死ねる高さなのだから。俺は少女をおんぶし、ひとまず自分の家に帰っていた。下心なんて微塵も無かった。


「これお茶。飲んで」

「……そば粉入ってますか?」

「いや入ってないよ」

「良かった。そば麦茶だとアレルギー出ちゃうから」

「そっか。入ってないから安心して」

「あ、入ってた方がいいんだ。死ねるから」


 彼女はお茶を1口飲み、泣きながら、そして笑いながら言っていた。それだけ死に対する希望がありすぎるのだろう。思わず少女の頭を撫でていた。そして気づけば抱きしめていた。


「大丈夫だ。落ち着け。君は生きていいんだ」

「……えへへ。あったかい」


 少女はにこやかに笑っていたが身体は小刻みに震えていた。俺は少女に一眠りするようにとベッドを貸した。


「お兄さんも寝よ……?」


 俺は誘われるがままにベッドに入った。暖かい毛布に2人。下心なんてなかったはずだが、少女は俺の下半身を触る。


「ちょっ」

「うるさい。抱いて。何もかも忘れれるように」


 俺は少女を抱いていた。


 ☆☆☆


 スズメの鳴き声で朝を迎えたことを知った。少女も俺も素っ裸で寝てしまっていたことに気づく。急いで着替えて少女をゆすり起こす。


「お、おい」

「……おはよ」

「あぁ、おはよう」


 身体の関係を持ってから話すような事じゃないが、少しだけ踏み込んだことを話そうと少女に朝ごはんを食べさせる。脳がスッキリしたところで俺は少女に聞いた。


「名前と年齢は?」

「ミチコ、20歳」

「え、20?!」

「うん。見えないよね。身長145cmだし」

「……い、いや。それならいいんだけど。ところで君はなんで、その死のうと?」

「……お父さん。モラハラでセクハラ三昧で私も性暴力振るわれてる。お母さんキャバ嬢。毎日違う男を連れ帰ってる」

「警察とかは? 児童相談所とかは違うかもされないけど……」

「相談した。傷が無かったこと、お父さんに暴力を振るわれている事の証明ができなかった」

「……それで死のうと」

「それだけじゃないけど」


 20歳の少女は身体を震わせ、過去を話してくれた。生この街ではなく遠く離れた雪国の生まれで父親の仕事の関係上で上京、そこから仕事三昧になり家庭はバラバラになる。父親は仕事のストレスから娘に手を出すようになり、母親は父親に逃げるようにキャバ嬢となり男を見つけた。その嫁に対する苛立ちをまたこの少女にぶつけているという。


「最悪だな。人の親を言うのはあれだが、クズだな……」

「死なせて欲しかった」

「そ、それはごめん」

「……一応私20歳だし世帯分けは住んでるからいいけどね」

「……そっか」


 俺は少女に提案をしていた。


「なぁ、俺と暮らさない?」

「え?」

「悪いようにはしないよ」

「……」

「気持ち悪いよな。会ったばかりなのに」

「ううん」


 少女はまた泣きながら笑った。そして俺の手を握った。


「お願いします」


 ☆☆☆


 翌朝から少女と暮らすことになった。色々と手続きをしなければならなかったが、それを無視して少女を匿う形で家に留まらせた。


 夕方、仕事から帰ると少女は美味しそうな料理を作って待っていてくれた。


「美味そう!」

「カ、カレーです」

「ありがとう!」


 カレーは絶品だった。どの店で食べるよりも。

 そして夜。少女に対して夜は何もせずゆっくり寝ていいと頼んでいたが少女は父親を忘れたいのか俺に抱くように迫ってきていた。流れに身を任せてしまい俺は少女を抱いていた。


 そんな日々が1ヶ月を経った頃だった。ある日の休日ニュースをつけると、少女の顔写真とともに誘拐されたと騒ぐ男の姿がテレビにうつり出されていた。


「お、おい」

「お父さんですね」


 警察も捜索にあたっていた。俺は直ぐに警察に電話をかけていた。


「こちら110です。事件ですか。事故ですか」

「あ、あのニュースを見て連絡しました」

「どのニュースでしょうか」

「20歳の女の方が誘拐されているという」

「その件について、何か知っていらっしゃるのですか?」

「事情がありまして、私の家に居ます」

「……直ぐに伺います。ご住所とお名前を」

「○○市に住むリュウヤと言います」

「……30分後、中川、山川という警察官が向かいますのでご対応お願いします」


 俺は少女の手を握りしめながら警察の到着を待った。

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