震える手

 全てを奪われた翌朝からだった。母は酷く悲しんでいるのか僕と目も合わせやしなかった。母は気づけば仕事に行っていた。僕は静かに自室に戻り、落ち着かない心を昨日の病院から貰った処方薬で何とかしようと一気に薬を飲み込む。だが1時間経っても2時間経っても心は落ち着かない。

 そして、僕の右手が謎の震えを起こし始めていた。禁断症状とかがあるのかと不安になりサイトで検索する。だがどれも薬の影響で手が震えることはあるが、気にするものでは無いと書かれていた。


「……怖い。痛みが欲しい。カッターどこかな……」


 無意識に僕は刃物を探していた。震える右手を何とか抑え込みながら自室から出て母が居ない隙を狙って様々なところを探す。タンス、台所、母の自室、そして金目のものがしまっている引き出し。全て漁ったが何一つなかった。


 だから僕は新たな手に出た。母が毎日貯えているヘソクリを少しだけ盗み、僕は薬局で市販の薬を買った。


「他のお店で買われてないですか?」

「え?」

「あ、確認ですので」

「あ、はい。ここで初めてです」

「かしこまりました。他店さんで買わないようにお願いいたします」


 僕はなぜ聞かれたのか不思議で自宅に帰ってから検索をかけた。どうやら薬を大量に飲むという行為がオーバードーズというものになり、略してODと呼ぶらしい。僕はそれに該当していたが、薬局でもこのOD対策として確認義務があったらしい。


 だがそんな物どうでもよかった。僕はODをした。目眩、口渇、フワフワと現実から離れているような感覚に襲われる。これが心地よかった。


 ☆☆☆


「ユウキ。起きなさい」

「へ……?」

「晩御飯」

「はい」


 母に晩御飯の支度ができたと呼ばれる。椅子に座り白いご飯を見た瞬間、僕は猛烈な吐き気に襲われる。


「うえええっっ」


 トイレから凄まじい嗚咽が聞こえたせいか、母はトイレのドアを思いっきり叩きながら言った。


「ユウキ、大丈夫なの?!?!」

「う、うん」

「まさか、あんた!」


 母は急いでどこかへ駆けて行った。またODがバレるんじゃないかと焦りが出たが、吐き気がおさまることは無くずっと吐き続けた。


 そしてトイレから出ると母は少し安堵した表情を見せていた。


「お母さん?」

「ユウキ、カッターを買ったんじゃないかって思ったわ……」

「ダジャレ……?」

「ち、違うわよ!」

「あ、ごめんなさい」

「いいの。謝らないで。貴方が傷ついて欲しくないのよ」


 母は僕のことを優しく抱きしめてくれた。だがその優しさが僕を苦しめている。それを分かって欲しいが言っては母の精神が異常をきたすんじゃないかと不安になって言えなかった。


 晩御飯を改めて食べ、食欲があることに僕は安堵していた。食事もまともに取れなければ本当に入院生活に陥るかもしれないと不安だったからだ。


 うつ病というのはこんなふうに深刻なのか自分でも不思議で怖くなり毎日のように検索をかける日々。そのうち学校のことも忘れて僕は中学生という名称を捨てられニートとなった。


 母は何も言わなかったが僕に対してどう思っているのかは明白だった。母はエリートで大学もランクの高い大学を卒業している。僕と全く違う人生を歩んでいるからこそ、こんな病気に負けるヤツなど雑魚としか思えないだろう。


 そう考えると自分が惨めになり、僕は自分の首に手をかけていた。


「……死んじゃえばお母さんも楽だよね」


 そんな時だった。家のチャイムが鳴る。


 ――――――ピンポーン……ピンポーン……。


 僕は恐る恐る玄関のドアを開けた時だった。


「ユウキッッッ!!!」

「うわっっ」

「ユウキ、ユウキ。会いたかったああああ」


 何週間、何ヶ月ぶりだろうか。僕は久々にアオイの顔を見た。しばらく見なかったせいかアオイがやせ細っているように見えた。


「アオイ、痩せた……?」

「えっ。う、うん」

「そ。じゃあ。またね」

「え、なんで?!」

「い、いやだって」

「ユウキ、なんで急に話しかけてくれなくなったの。何で話しかけても逃げるようになったの。なんで登校一緒にしてくれないの。なんで?」


 アオイは相当不安だったのか、僕に質問を沢山投げかける。ひとつひとつ説明するのも面倒だし、あの女の子絡みの話をすればアオイの性格上、僕のためだと言って喧嘩をする。僕がとった選択肢はただひとつだった。


「……アオイ。僕と君じゃ住んでる世界が違う。もう関わらないでくれ」


 ――――――ガシャンッ


 扉を閉めた。アオイが飛び込んで来れないように玄関だけじゃなく様々な部屋の鍵を閉めた。


 これでいいんだ。これで。


 僕はひとりがお似合いなんだ。


 アオイはずっと扉を叩いていた。その音が家に響く。17時を迎えていた。僕は心配してくれていたアオイを放置してゲームの新しいイベントを始めた。


 ――――――私なんか死んじゃえばいいんだ!

 ――――――ダメだ、君は僕と生きてくれ!!

 ――――――こんな私なんて!

 ――――――そんな君だから良いんだよ


 ゲームのキャラクターのセリフに胸糞が悪くなった。こんなに受け入れてくれるやつなんか居ないんだと虫唾が走る。


 些細なことなのにイライラが募る。その度に僕は薬を大量に飲み込んだ。

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