4章 3人目

最後の夏

「高校三年生。春から目指した夢の舞台、甲子園。その決勝戦が今始まります!!」


 高校三年生の夏。舞台は甲子園。全国の野球少年たちがこの日だけはテレビに釘付けだった。そんな舞台に立ち上がることの出来た俺はキャプテンとして決勝戦前のベンチで士気をあげていた。


「あと一個で優勝。いつも通りやれば出来る。勝つぞッ!!」

「おおお!!!」


 チームメンバーたちは良い顔をしていた。これから戦うというのに笑顔でニコニコしていて、試合を楽しみにしていた。俺もつられてにこやかな笑みを浮かべると監督は最後のメンバーを通達した。


「4番投手で今日行くぞ。ケイスケ」

「はい!」


 俺は4番投手としてマウンドに立つことになった。試合開始時刻が訪れて整列を始めた。そして、プレイボールという声で試合がスタートする。

 先行の攻撃時、2アウトランナー2塁という場面で俺の打席を迎えた。初球のストレートを捉えた当たりは全甲子園ファンの元へ届く先制2ランホームランとなった。


「おっしゃあ!!!」


 このホームランを皮切りに俺は調子よく8回まで1安打四死球0でマウンドを守りきったが、9回の裏相手の攻撃だった。


 先頭バッターを討ち取った当たりを味方がエラーをしてしまう。仕方ないと切り替え次のバッターをダブルプレーで仕留めてラスト1人になった時からだった。俺の球は通じなくなりあっという間に一打サヨナラの場面となった。投手交代が入るかと思ったが監督は俺を信じたのか続投させた。


 結果。無惨なもので、俺の暴投した球のせいで2人帰ることとなり、2対2の同点となった。あまりの動揺に捕手は俺の肩を叩き大丈夫だと言ってくれたが、次の球だった。


 ――――――カキーンッッッ!!!


 空に鳴り響く金属音。風に乗って遠く遠く飛んで行った。俺はマウンドから立てなくなった。


 最後の夏。監督や仲間たちを勝たすことが出来ずに幕を下ろした。


 高校1年生の頃より3年連続甲子園出場した俺はドラフトの注目株としてメディアにもよく写るようになった。


 ☆☆☆


「あんた、ドラフト会議だよ」


 俺はあの夏以来引きこもりとなり、野球をしようとボールを握ると投げる感覚が分からなくなった。いわゆるイップスとなってしまい、ドラフトの注目株からあっという間に堕ちた。世間からは【消えた天才】と称された。


 仲間たちが続々と指名されて行った。親友だったユウキはドラフト3位として巨人に入団、俺の球を受け続けてくれた捕手だったミチヤはソフトバンクホークスに1位指名となった。


 ドラフト会議終了後、スマートフォンが鳴る。


「は、はい」

「おう。大丈夫か?」

「……ミチヤ」

「見ててくれたか。お前の代わりに絶対活躍するからな!」


 俺は応援することしか出来なくなったこの身体に無性に腹が立ち、部屋をぐちゃぐちゃに荒らしていた。


「やめなさい!!」

「ああああっっ!!!」

「あっ……」


 ――――――パリンッッ


 俺の思い出を消し去るかのように割れる瓶。甲子園の砂が部屋に散らばる。グローブと球を持ち部屋から飛び出す。チラッと映った母の顔は哀しげで見ていられなかった。


 河川敷。子どもの頃ずっと白球を追いかけ続けた俺のホームグラウンド。球を投げようとすると指先からすっぽ抜ける。変なところへ飛んでいく白球を追いかけて、球を持ち上げて唇を噛む。


「くっそ……!!」


 悔しさで涙がこぼれ落ちる中、誰かが俺の肩を叩く。


「おい」

「ミチヤ……」

「キャッチボールしようぜ」

「……」


 球を投げても投げても感覚が戻らず、ミチヤのスーツを汚してしまう。


「もうやめろ。もう辞めてくれ!」

「……ケイスケ」

「使いもんにならなくなったんだよ。俺は」

「ケイスケ。大学野球続けろよ。プロで待ってる」

「ふざけんな!!!」

「ケイスケ……」


 最悪な形で俺は最高の捕手との最後を迎えた。


 ☆☆☆

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