諦めきれない夢

 プロになる夢。ミチヤの言葉が頭を巡る。

 大学野球ならゆっくりと続けてリハビリしていけばいいのかもしれないと考えて母に相談をする。


「母さん。この前はごめん」

「いいのよ」

「それで……」

「うん、分かってる。大学野球やりたいんでしょ」

「うん……」

「応援する」


 優しい母は俺の考えること全てお見通しなのか、すぐに許容してくれた。


「あ、でも届出だしてないや……」

「貴方の監督さんから色々あって、貴方の志望を届けておいたって」

「え?」


 俺は監督のおかげで首の皮一枚繋がった。


「試験受けてみよう?」

「うん」


 この日から俺は入試までの間、勉強を続けた。応募してくれた大学の過去問を漁り、1日10時間勉強をし続けて、無事合格することとなった。すぐに硬式野球部に入部届を出した後に、俺はすぐさま監督に呼ばれることとなった。


「やあ、君がケイスケくんだね」

「はい」

「イップスだって?」

「……はい。すみません」

「謝ることは無い。君の実力は知っている。あの甲子園1年目、君は初戦で9回完投3失点という好成績で負けた。2年目準決勝10-0という最悪の形でチームは終わりを迎えた。3年目、君は決勝に立った。結果は最悪だったかもしれないが君の実力は凄まじいものだ」

「ありがとうございます」

「ゆっくりと治していこう」


 監督の言葉が胸を刺す。とても優しい言葉の数々に思わず涙が出てしまう。監督は優しく俺の頭を2度ほどポンポンとしてくれた。その日から野球部の見学として入る。


「おい、キャプテン!」

「はい。おはようございます。監督」

「おう、ケイスケ。キャプテンだ」

「は、初めまして。宜しくお願いします」

「……プロ目指してんの?」

「え?」

「プロでやる気はあんの?」


 キャプテンの男はとてつもない眼光で睨みをきかせていた。俺は怯まないように、そしてプロで待つミチヤやユウキの為に胸に手を当てて言った。


「プロで待ってる親友や、俺のプロ入りを待ってくれている最高の捕手が居るので、必ずプロになります」

「そ、了解。イップスらしいね。今のうちの野球部にも色々な事情で打席に立てないやつとかいるから、本当にゆっくりやっていきなよ」


 心優しい言葉をかけてもらえた。キャプテンに礼をして、そして俺はグラウンドに舞い戻った。グラウンドの土に手を当てて久しぶりの土の感覚に嬉しさが湧いた。


 翌日からイップスを治すための練習が始まった。先輩たちは嫌な顔ひとつせず球を受けてくれていた。


 そのお陰もあってか、3年ほど費やしてしまったが以前の実力よりも更に実力を増して大学のエースとなった。


「3年、時間かかったなあ……」


 いつもの河川敷でボソッとそう呟いていると地元に戻ってきていたミチヤとユウキが現れる。


「お、ミチヤ、ユウキ!」

「……ケイスケ。プロは厳しいわ」

「え?」

「ユウキは戦力外を受けた。俺は監督から直接しばらくの間二軍生活だと告げられた」

「ユウキ……」

「後悔していないよ。もう一度独立リーグでやり直すさ」


 この日俺ら3人の運命はとてつもない程に変わっていった。


 ☆☆☆


 大学野球最後のリーグ戦。俺はエースとして最後の優勝をかけた試合に望んだ。結果は1-0というもので俺は完封を成し遂げた。チームメンバーたちには大喜びされ、チラッと客席に見えるスカウトマンたちは昔の俺と今の俺が重なって見えているのか、少し涙ぐんでいた。


 そして10月26日。運命の日が訪れた。テレビ中継を見ているとアナウンサーからはこんなセリフが飛んでいた。


「消えた天才。山端圭介が戻ってきました。どう思いますか。里山さん」

「いやあ、彼は甲子園から見てましたけど、そこから3年ほどイップスに苦しんでいましたけど、最後はエースになってここまで戻ってきましたか。素晴らしいですねえ!」

「はい。3年程投手としての登板はなかった中で、4年目大学リーグでは主に抑えをやっていましたが最後の試合、1安打完封。昔の彼がよぎりますね」


 アナウンサーと解説は俺の事について沢山話してくれていた。俺も当然ドラフトはかかると思っていた。だが、実際は違った。


「選択終了」


 ドラフト7巡目、全球団の選択が終わった。俺は指名されず、育成ドラフトに賭けた。


「巨人、山端圭介。投手」

「ここで来ました。山端圭介!」

「育成で取りますかあ」


 巨人の育成3位として俺は指名された。嬉しいような悲しいような。どれだけ実力をつけてもプロの世界は残酷なんだなと感じた。だがプロになれるならと考えて指名を受けることにした。


 ☆☆☆


 プロ生活1年目。育成スタートということもあって三軍暮らしが続いた。1年があっという間に過ぎようとしていたシーズン終盤、俺は支配下に上がることが出来た。


「シーズン終盤だが、一軍の抑えだった投手が怪我をしてな、君に任せてみようと思う」


 監督から直接告げられた。そして俺の初登板の日が訪れた。


「この甲子園にあの男が帰ってきました!!」


 プロ初登板、俺は抑えとしてこの甲子園に帰ってきた。相手は阪神打線。一球一球確かめるように捕手のグローブに投げ込む。そして試合が再開した。


 あっという間に1アウト満塁、サヨナラの場面となった。あの甲子園と重なった。


 だが俺は成長していた。フルカウントで迎え、ファウルで粘られた13球目。思いっきり腕を振って投げたストレートはMAX157kmを記録した。


 そしてそのストレートを空振りした。俺は初登板初抑え初セーブ初奪三振と沢山の初をゲットしてお立ち台に立った。


 この日から俺の輝かしいプロ生活が始まった。


 ☆☆☆

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