命を天秤に

徳田雄一

1人目の話

憂鬱

「ほら、早く起きなさい!」


 かけたはずのスマートフォンのアラームは鳴ることを知らず、母親という名のアラームが頭に響く。眠い目をこすりながら、見たくもない母親の顔を見なければならない朝、仕方なく支度を済ませてリビングに顔を出す。


「またあんたはそんな女の子みたいな格好してるの。あんたはでしょう!!」

「いいじゃん。あんたに関係あるの?」

「母親に向かって、あんたとか……」

「……うるさいなぁ。朝からいちいち小言ばかり。うんざりする」


 私は母と喧嘩をしながら毎朝学校へ向かっていた。憂鬱な気分が続く朝に、うんざりしていた。喧嘩の理由は明確だった。母とは打ち解けれない。そう思っていた。


 学校に到着するとみんなと挨拶をかわす。みんなは私のことを変な目では見てこない。あの母親のような目線はない。むしろ受け入れてくれていた。その状況を作ってくれていた教師にも恩があった。


 朝のホームルーム。教師が入ってきて言った。


「転校生が来ることとなった。仲良くしてあげてくれよ。特に中田、宮島。お前らうるさくするなよ。引かれないように」

「わかってるよー。先生ってば〜」

「ほんとに分かってんだろうなぁ。まぁいいか。よし、紹介するぞ」


 教室に入ってきたのは、可愛らしい姿をした女の子だった。サラサラな髪の毛をなびかせて、お嬢様の雰囲気のような立ち振る舞いをしていた。


「初めまして。京子って言います。仲のいい子達にはキョウちゃんって呼ばれてました。どうぞよろしく」


 みんなは口を揃えて「よろしくー!」と言った。私はキョウちゃんと名乗る子に目を奪われた。あんなふうなかわいい女の子になりたいと。


 すると教師は私の隣の空いた席に転校生を座らせた。私は早速挨拶を済ませようと声をかけると、転校生は驚きながら大声で言った。


「男?!」


 教室に響く声。周りのみんなはクスクスと笑う。何がおかしいのか、訳も分からずあたふたしている私を指さし、一人の男の子が言った。


「びっくりするよなぁ。そいつ男なのに女ぽいよなあ!」

「え……?」

「そいつ男なのにさぁ、女の子になりたいとかバカ言ってんだぜ。クラスの奴らもみーんなビックリしててさぁ!」


 私は受け入れられている訳では無かった。びっくりされていて、皆がどう接すればいいか分からず、普通にしてくれて居ただけだった。


 助けを求めるために、教師をちらっと見ると、教師は見て見ぬふりをした。この日から私に対する反応はエスカレートした。


「おい、お前男のくせして髪の毛長くしてんじゃねぇよ!」


 私はトイレに連れ込まれ、男に囲まれて髪の毛をハサミで切り落とされた。それだけでなく切ったあとで首がチクチクするだろうと言われ、バケツで水を頭からかけられる。


「……」

「何とか言えよ!」


 腹に2発ほど蹴りを入れられる。騒ぎに駆けつけた教師たちは目の前の光景に目を伏せた。私を襲った男たちは怒られはしたが、咎められはしなかった。


 保健室でジャージに着替えていると、担任が入ってくる。


「着替えたか」

「……はい」

「お前も男なんだから、あまり気にするな。髪の毛もすぐ伸びる」

「なんで、あいつら怒られただけなんですか。大事な髪の毛やられたんですよ」

「え?」

「立派ないじめじゃないですか。母親に連絡してください」

「お前のお母さんに連絡はしている。そうしたら、母親からは、早退させずに授業は受けさせろと仰られた」

「は?」

「そういうことだ。とりあえず着替えたら教室に戻ってこいよ」


 吐き気が襲ってきた。これがイジメなのかと。


 私はその日から自由を奪われた。


 ☆☆☆


 次の日の朝。いつものように学校へ向かう道中、昨日いじめてきた男たちは私を囲った。


「な、なに」

「来いよ」

「え?」

「早くしろよっ!」


 後ろからおしりを蹴られる。痛さで転ぶと、男たちは私の髪の毛を引っ張り物陰まで連れていった。すると男たちは私の私物から財布を奪う。


「へー。お前1000円あるんだ。貰うわ」

「は?!」

「いいか、お前は言いなりになれ。今までお前の姿にツッコミ入れなかっただけマシだと思えよ。気持ち悪い奴を仲間に入れてやってただけマシだろうがよ!」


 中身のなくなった財布を私に投げつけて、男の子たちは去っていった。私は服に着いた汚れなどを払い学校に向かおうとすると、そこには綺麗な服に身を包んだ京子が居た。


「……お、おはよう」


 転校生だから、まだ私に救いをくれるかもしれないと思い声をかけた瞬間だった。


「声をかけないでくださる?」

「え?」

「私、この学校では穏やかに居たいだけなの」

「と、友達になってよ!!」

「うるさい。やめて」

「え?」

「巻き込まれたくないの。じゃあね」


 傷ついたまま教室に入ると、私の席には落書きだらけ、傷だらけだった。席も皆とはかなりかけ離れた場所に置かれ、隔離されていた。【菌扱い】のようなものだった。


 席に座ると男の子たちは私を囲い、言った。


「お前これからはそこの席な。汚ねえから近寄るなよ」

「き、汚くなんかないじゃん!」

「うるせえよ。女男!」

「なんでそんな酷いこと言えるの……」

「バカかよ。酷いことなんて言ってねぇよ。事実だろ」

「……」

「まぁ、いいや。このまま居たらこいつの女男菌うつるわ。じゃあなぁ!」


 教師さえ助けてくれれば何とかなる。そう思っていたが、この隔離状態を教師は直してなどくれなかった。


 ここから私の人生は変わっていった。

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