変化

 私は翌日から学校へ行かなくなった。高校という精神的にはもう成長しておかないといけない年齢が集まるはずなのに、やっていることは幼稚、高校生とは思えなかった。公園でサボる毎日、それがバレては母に怒られるという毎日に嫌気がさして家出をした。フラフラと歩き回る中、私と同じ仲間を見つけたいとまで思っていた。


 すると、私は気づけば夜の街へと足を運んでしまっていた。不思議な空気感、ここだけ何故か違う国のような雰囲気に包まれていた。恐る恐る歩いているとメイクを施したどう見ても男の人が私の腕を掴んで店の中へ引き込んだ。私は死んだと思ったが次の瞬間だった。


「お嬢ちゃん、こんなとこ来てどうしたの」


 声は男そのものの、心は私と同じなのかよくよく見れば格好は女性そのものだった。ちらっと胸を見てしまった。ふくよかな胸があった。


「お嬢ちゃん?」

「……私は間違ったことなんかしてなかったのに」

「……わけアリなのね。おいで、沢山歩いたのかしらね。ちょっとばかり汗の匂いが凄いわ。シャワー入りなさい」

「ありがとうございます……」


 私は服を脱ぎシャワーを浴びた。鏡に映る自分の身体に嫌気がさした。筋肉質で女性のような柔らかみのない身体、胸はぺったんこで男そのもの、自分の身体に吐き気を覚えた。


 シャワーから上がり、階段をおりるとそこにはたくさんのお客さんと話をするあの人が居た。キラキラと輝いていた。すると、私と目が合った瞬間何やらお客さんに話して、私をカウンターまで連れた。


「新入りなのよぉ」

「ほう。嬢ちゃん綺麗な目してるねえ」

「あ、ありがとうございます……」

「……髪の毛がやや傷んでるけどママやってあげなかったの?」

「ちょっと訳ありでね。今日急遽なのよん」

「そっか。嬢ちゃん、酒作ってくれるか?」

「作ったことなくて」

「ゆっくりでいい。ママさん見習って作ってみてくれや。飲むからよ〜」


 優しい男の人だった。私はママさんと呼ばれる方に教えて貰いながらお酒を作った。初めてバイトというものを経験していた。数時間経った後に店の営業時間が終わった。


「お疲れ様。さて、話してもらうわよ?」

「……私」


 私は情けないがずっと泣きながら今までの経緯を話した。家出をしたこと、イジメを受けていたこと、自分の身体、自分の心。ママさんはなにひとつバカにすることなく、静かに聞いてくれていた。


「まずは親御さんに連絡しなきゃね」

「え……」

「私は犯罪者にはなりたくないの。だから貴方を預かること、そして貴方の世帯分けをして欲しいということをお願いするわ」


 そこからママさんは夜分遅くすみませんという言葉から母と話し始めた。どうやって説得したのか分からなかった。いつも頑固な母が折れたからだ。


「世帯分けをするために一度貴方を帰すわ。送るから。お母さんになんか言われたら私にすぐ電話しなさい。すぐに駆けつけるわ」

「ありがとうございます……」

「……行くわよ」


 家に着いたのは朝8時だった。母とママさんは話を改めてして、世帯分けと退学届をだして一週間が経った頃、私は年齢を隠しながらママさんのところで働き始めた。いわゆるスナックというお店だったが、私のような男だけど女になりたい。という人が店員さんのお店だった。


 お酒を作りお客さんと話すだけの仕事。つらくはなかった。お店の店員さんたちも仲良くしてくれていた。みんな同じ境遇だったからだ。


 そして私はここで初めて【LGBTQ】の実態を知った。世間に理解されず世間から追いやられてしまった私のような人間に場所を用意したいということでママさんはスナックを始めたと言う。


「さてと、あんた名前は?」

「ミズキって言います」

「そう。ミズキちゃん。この世界は厳しいわよ」

「覚悟してます」


 この日から私はLGBTQの世界、そして夜の世界へ足を踏み入れた。


 ☆☆☆


 働き始めて4年の月日が経った。ママさんとも4年の付き合いになり、私は店員さんの中でもNO.1人気になっていた。常連さんたちも沢山出来て楽しい日々だった。働いてる中でビックリしているのは女性もこういうお店に来るということだった。


 そいて私の人生の二度目の危機が訪れたのは、ひとりの女性との出会いだった。お店に何度か来たことがあるという常連では無いが、たまに顔を出してくれる方だった。私が働き始めてから初めて見たお客さんだった。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「カシスオレンジもらおっかな」

「かしこまりました。お待ちください」


 数分後女性の元にカシスオレンジを作ったグラスを置くと、女性は私の手を握り言った。


「……良い手だね」

「……ありがとうございます」

「ね、相談があってね」

「は、はい。ママを呼びますか?」

「あなたに聞いて欲しいの」

「私でよければ」

「あのねー、昔高校に通ってた時。まぁ昔と言っても4年前なんだけどっ」

「は、はい」


 私が高校に通っていた頃と重なった。


「実は貴方みたいに男なんだけど女みたいな。そんな子がいてさ〜」

「はい」

「その子、私の一言のせいで虐められて学校辞めちゃったの」

「……」


 もしかしてと思った。嫌な予感がした。


「あなただよね?」

「?!」

「ミズキちゃん。いや、ミズキ菌の瑞希くん」

「……」

「あの時はごめんねえ〜。でさぁ、相談はここからなんだけどぉ」

「な、なんですか」

「お金貸してくんない?」

「は、はぁ?」

「まぁ警戒しないでよ。私ホストに貢いでてさぁ借金すごくてえ。金貸せよ。貸さねえならお前の過去全てバラすぞ」

「……」


 私の人生がまためちゃくちゃにされる気がした。程なくして私は彼女のATMと成り下がっていた。店での給料の8割を取られ、2割で生きる生活。家賃と光熱費を払えば全て無くなる。食事は店で出る賄いだけで何とかしていた。


 そんな月日が数ヶ月経った頃私の体重は10kg近く落ちていた。痩せ細り方に心配されてしまったが私は大丈夫とお客さんに言い、自分にも言い聞かせた。


 ある夜だった。


「ほら、今日分渡せよ」

「もう勘弁してよ……」

「うるせえなあ!」


 私から封筒を奪う。


「は、3万?」

「今月痩せたぶん疲れが溜まりやすくて出れなかった日が多い。八割だよそれで」

「はぁ?」

「やめてよ。約束の八割渡してるんだから」

「チッ。あんな気持ち悪い店で働いておいて、金もろくに稼げないとか、お前もあの店もハブり悪くてダサすぎ」


 私の何かが切れた。私は彼女を殺していた。

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