殺人者
血だらけのナイフ、倒れてもがいている女。それを見て震える私の手。街灯の明かりが私の震える手を、血に染った汚い手を明るく明るく、罪の意識を植え付けるかのように輝かせる。思わず私は叫び声を上げそうになった。必死で腕を噛み声を押し殺す。その場から逃げ家に駆け込み私は必死に手を洗った。
「取れろ。取れろ。取れろよ!!!」
ベッタリとついた血は私の手から離れず、怨念のように宿った。石鹸で擦り何とか落としたのは手を洗い始めて30分後の事だった。洗面台を綺麗に洗い流し何も無かったかのように1日を終えて、翌日には店で働いていた。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「は、はい。ママ」
「それならいいんだけれど。ほら、お客さんよ」
私はいつも通り接客をしていたつもりだったが、お客さんから頼まれたお酒は真っ赤な血の色をしていた。思わず昨夜の出来事がフラッシュバックし、手が震える。
「……ちょっと、大丈夫?」
「は、はい。少し休んできても?」
「えぇ、ゆっくり休んでちょうだい」
私は初めて自分の意思で店から出て休憩を取った。こんなにも人殺しの、殺人者の後遺症が出るのかと。スッキリなんかしなかった。
そして、後日私は重要参考人として署に居た。
「……知りません」
「君が彼女と揉めていたことは知っているんだけど」
「た、確かに揉めてましたが、死んだなんて初めて知りました」
「……ふーん。君がやったんじゃないの?」
「し、知りません」
「そうか。ちなみに君は高校を辞めてるよね?」
「?!」
「調べさせてもらったよ」
刑事から問われる内容は、もう私が犯人として決まっているかのようなものだった。仕方なく私は口を割ろうとした時だった。
「松鳥さん」
「あ?」
「ちょっと」
刑事のひとりが呼ばれた。私は心を落ち着かせていると、松鳥という刑事はため息をひとつ吐き、言った。
「犯人が捕まったってさ。君じゃなかったんだね。悪かった」
「え?!」
「ん、どうした?」
「あ、いえ。犯人見つかってよかった……」
私がホッと一息吐くと、松鳥はにこやかな笑みでありがとうと礼を言う。私は警察署から出て家へ戻った。テレビをつけてニュースを見た時、私は眼を疑った。真犯人として捕まったのはママだったからだ。
「ま、ママ?!」
私は急いで警察署に戻り、全てを伝えようと駆けつけると丁度ママが護送されている所だった。
「ママ!!!!」
「あらぁ」
「……ママああああ!!」
ママは私の耳元で言った。
「……黙ってなさい」
「え?!」
「……知っていたのよ」
ママは全てを知った上で、私の罪を被った。私が最初から嘘をつかなければこんな事にならなかったのでは無いか。ママが殺人者の汚名を被ることも無かったんじゃないかと後悔していた。
だが、もう遅かった。私は何も言えずただその場を立ち去った。最後に見たママの笑顔は私の脳裏から離れてはくれなかった。
ママが捕まったことで私は働き口が無くなった。店は潰れ、私は新たなスナックで働き始めた。
「よろしくお願いします」
「おっ、君初めての子〜?」
「は、はい。本日よりここで働くことになりました」
「……あれ、君って見たことあると思ったら、殺人者のオーナーのとこで働いてた子?」
「……はい」
「ちょっとー。チェンジ〜!」
私は直ぐにチェンジとなり、お客さんの案内をしようにも殺人者のオーナーのところで働いていた子というイメージが拭えず、働くことも出来ずにただクビになった。
私の人生が狂ったのは全てあの女のせいだ。
死んだからって許さない。殺したからって許せない。
私は次の行動に出ていた。それは彼女の親への殺人だ。あの女を産んだ親に罪があると、親を殺害した。殺したことへの罪悪感など微塵もなかった。私は再び警察署に居た。
「……君なのか」
「はい。私が殺しました」
「……何故だ」
「あの女を殺したのも私です」
「なに?」
「私が全てやりました。全てはあの女が悪いんです」
私はたんたんと説明をすると刑事も絶句していた。何故ならば身勝手かつ猟奇的な考えだったからだろう。その日のうちに刑務所へ送られ、私を拾ってくれたママは殺人の罪をわざと被ったとして刑を全うすることになった。
結局私が人生を狂わしてしまった事になった。すると偶然なのか必然なのかバッタリと出くわす。
「ママ……」
「……黙ってろって言ったのに」
「ごめんなさい。ママ」
「……やり直せば何とかなるわ」
「……」
☆☆☆
「被告を無期懲役と処する」
「……」
私の人生はここで終わりを告げた。私は私の心のままに生きた。人を殺してしまったことを今更詫びても仕方なかった。
だって、私の人生を狂わせたのは私を産んだ親なのだから。普通のままに私が男であることに違和感を覚えないように産んでくれたら良かったのだから。
そう、思った。そして私は脱獄をしようと決めた。牢に入って数ヶ月間は大人しく過ごし模範囚に成り上がった。
試行錯誤をしながら以前小説やドラマ、映画などで見た知識を思い出しながら、私は脱獄の準備を始めた。
1番有名である方法を用いた。針金などで合鍵を作り出るという方法だ。針金を使えるようになるため私は色々なコネを作った。
「ねえ、君」
「……なんだよ」
「針金とかって持ってる?」
「……俺の知り合いなら木工の仕事に就いてるやつが居る。そいつに聞いてみろ」
「ありがとう」
私は自由時間内に、木工の仕事をしている連中に頼った。彼の名を告げて、知り合いだと名乗ったヤツに聞いた。
「針金持ってる?」
「……有刺鉄線からゲットする他無いだろうな。ところでなんでそんなこと聞く?」
「……有刺鉄線を切るための道具とかは?」
「よからぬ事を企むなよ。どうせ逃げられねえんだ」
「知ってるよ。でもいいから教えて」
「俺らでも持っているのはあるが、道具の管理は厳重だ。恐らく持ち出しは不可能だ」
「そう。包丁とかは?」
「……炊事場の奴らで模範囚が居たな。そいつに聞いてみろよ」
そして私は運命の出会いを果たした。
「君が炊事場の担当で模範囚の人?」
「若林だ。よろしく。お前さんは」
「……名前なんていいじゃん。所で包丁とか持ってる?」
「持ってるわけねえだろ。聞いたぜ、有刺鉄線切りてえんだって?」
「……えぇ」
「俺も同じこと考えてたぜ。相棒にならねえか?」
「……そう」
この日から私は親への復讐のために、若林という男と手を組んだ。模範囚同士ということもあってか看守たちは緩く優しく接してくる。
「お前ら、今日もキャッチボールしているのか」
「あ、はい!」
そうして1年の月日が経った。私はここぞとばかりに実行をしようと考えた。若林も同じタイミングでそう思ったのか、包丁を持ち出し既に有刺鉄線を切り落とし2本分針金を用意していた。
「これはお前のだ」
「……ありがとう」
これで私はあの有名な脱獄事件だった針金を用いた脱獄が出来ると喜んだ。
そしてこの日の夜。決行した。
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