5章

天才薄命

 雪の溶け残る3月、北海道ではまだまだ冬。綺麗な寒空の下、ランニングをしていた。春から高校生になる俺は中学の頃から柔道をしていた。中体連の成績がよく、とある高校にスポーツ推薦で入ることとなった。

 いつものようにランニングをしていると、道端で老人が何かを探していた。近づいて声をかけようとした時だった。


「なんじゃ、ガキ!!!」

「あ、すみません。何かを探していらっしゃるご様子だったので」

「……すまんの」

「い、いえいえ」

「ちょいとコンタクトを落としてな」

「探します」


 俺は地面に膝をつき一生懸命コンタクトを探したが見つからず、老人も諦めたのか片方のコンタクトを外しながら俺のジャンパーのポケットに何かを入れて去っていった。確認すると握られていたのか暖かい500円玉だった。


 500円を握りしめながら老人に感謝をしてコンビニで飲み物を買って休憩していると、先程の老人が声をかけてきた。


「あ、先程は!」

「……柔道やっとるのか?」

「え、なんで分かるんですか」

「耳だ。餃子耳。柔道にはよくある。昔柔道をしとったからな」

「……柔道やってますけど、本当にこのまま強くなれるのかななんて」

「そうか。高校はどこだ」

「……旭川にあります、有名な高校です」

「そうか。お前リュウジか」

「え、はい!」

「……わしはそこの監督をしておる。楽しみにしている」


 俺が助けた老人は入学予定の高校の監督だった。初めての対面がとても良い事に安堵した。だが急に声をかけられてキレる老人ということにも不安を覚えた。


 そして、高校入学の春。柔道部を覗きに行くと怒号が飛び交っていた。


「だからお前は雑魚なんじゃ!!!」

「そういうお前はインターハイベスト4にも入れんかったやろが!!」

「なんやとゴラァァァ!」


 入りずらい雰囲気の中道場に足を踏み入れた時だった。あの老人と目が合う。


「おう。リュウジ」

「はい!」


 小走りで監督の元へ行き、正座をすると監督は足を崩すようにと言ってくれた。言われるがままに足を崩すと監督はにこやかな笑みで言った。


「練習混ざってみるか?」

「は、はい!」

「あっちが更衣室だ。30秒で着替えてこい」

「はいっ!!」


 俺は急いで道着に着替え、練習にまざろうとした時だった。俺よりはるかに身長の高い大男はどこかを指さしていた。そこにはテーピングで膝を固定している、大怪我をおっているだろう男が居た。


「あそこですか?」

「ん」

「は、はい」


 急いでそこに向かい正面に座り、自己紹介をしようとした時だった。


「新入生か」

「はい」

「……よし、準備運動をしろ。好きなようにやれ」

「え?」

「……さっさとやれ!」


 言われるがままに今まで通りの準備運動を済ませて戻ると、監督に呼ばれる。あっちこっち振り回されている気がしていたが、素直に従った。


「……いい汗のかきかただ。よし、これから打ち込みがある。やってみろ」

「はい!」


 打ち込み練習が始まり俺は受け側から始まった。鋭い技の数々に身体が揺さぶられる。これが高校生になるという事なんだと感心してしまっていると、俺の打ち込みの番が回ってきてしまった。勢いでやってしまおうと技を仕掛けると周囲は驚いていた。


「良い背負いだ……」


 そこから俺への目が変わった。新入生は50人近くが柔道部に入部し、全学年合わせ100人近くの部だった。1軍と2軍が分けられるようで俺は呼ばれる前から2軍に行こうとした時だった。


「リュウジっていったか。お前1軍だ」

「え?」

「監督からのお墨付きだ。いじめ抜いてやるから覚悟しろよ」


 俺はいきなり1軍スタートとなった。1軍メンバーはインターハイで上位を毎回とる、最恐だらけだった。投げられ倒され絞められ、用意されているバケツに嘔吐する時間が多くなる。苦しい時間が続いたがようやく俺はひとりを投げることが出来た。


「や、やった……」

「なんだと……?」


 これから俺の華の柔道生活が待っていると思っていた。

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