冷酷かつ残酷
小僧と相棒となり、1週間が過ぎていた。俺は今まで通り炊事場での作業を一通りこなしながら、たくさんの繋がりを作っていた。それはもちろん俺だけでなく小僧もだった。看守とも出来るだけ仲良くし、こちらに不信感を与えないようにしていると小僧はニヤッと笑いながら近づいてくる。
「若林さん。仕事しんどくないです?」
「い、いや全然?」
時折感じる小僧からの謎の圧迫感と緊張感。人を殺してきたことに対し、慣れを感じるような何故か獲物を見る目で見つめる小僧に違和感を覚えていた。嫌な汗が背中を走る。
「若林さん」
「あ、あぁ?」
「昼、キャッチボールしましょう」
「お、おう」
昼休み、昼食を取り終えた後に訪れる囚人たちの至福の時間。俺は小僧にグローブを渡して青い空に舞う白球を投げては取り、投げては取りを繰り返し過ごす。小僧はなかなか線がいいのかいい球を放る。
「いい球じゃねえか」
「……」
にこやかな笑みを浮かべるがその上っ面の瞳の奥には冷酷かつ残酷な自分を押さえ込んで、自分の本当を晒さないように気をつけているんだろうと思った。一息吐き、小僧に休憩を促す。すると小僧は俺に耳打ちをし始めた。
「1週間ほど昼一緒に過ごせないんで上手くやってくださいよ」
「はぁ?」
「……新たな繋がりができたんです」
「そうか」
脱獄のために互いにやるべき事は必ずやろうと約束を交わしていた。それのために互いにどれだけの繋がりを作ったか。俺はそれを理解していた。そして小僧は失敗しないためにどんどんと人脈を増やして行った。本気でここを出ようとしているという気迫が感じ取れた。
だが看守にはそれを一切感じさせない演技力、上っ面の気持ち悪い張り付いた笑みを永遠に浮かべている。不気味そのものだった。あまりの気持ち悪さに全てを支配されそうな怖さが溢れていた。全てを打ち明けられるベテランに俺は相談していた。
「そりゃあ、大丈夫だ」
「え?」
「利害が一致している今ならば、何をしても食われることはなかろう」
「……じいさん」
「だがな、裏切るなよ」
「え?」
「裏切りは友を失う。そして裏切りは自らを貶める。そしてこのような地獄に来るんだ」
「……じいさん」
「話は終わりか。昼休憩も終わるぞ」
俺は爺さんから離れ、自分の牢へと戻った。
☆☆☆
翌朝のことだった。炊事場の仕事をしていると看守たちが何やら騒がしくしていた。看守を1人とっ捕まえ事情を聞こうとした時だった。
「うるさい。若林模範囚!」
「はい?」
「お前に関係の無いことだ!」
「あぁ、すんません」
看守からとてつもない程の声量で怒鳴られる。どれだけの緊急事態なのか頭が混乱していると、数分後のこと看守たちが1人の囚人の男をとっ捕まえていた。
後で聞いた話によると、脱獄を考えていた男がプランも何も考えず出入口から逃げ出そうとしていたらしく、それで今朝から騒がしかったらしい。これで俺と小僧の脱獄プランに少しの傷が入ってしまっていた。この時期に出られなければ冬をこさなければならず、冬に支給される囚人服では生地が薄く外に出るのはとても難しかった。
仕方なく脱獄の決行日を1年後に設定をせざるを得なかった。そしてこの日の昼頃俺は庭に出て小僧とキャッチボールをしようと声をかけた所だった。
「お、おまえ……」
その瞳はとても冷酷で、とても残酷で、とても怒りに染っていた。自分がやろうとしたことを潰された恨みなのか、自分がやろうとしたことを先にやられたことへの怒りなのか分からなかったがその瞳からは怒り、妬み、恨み、嫉み。負の感情しか読み取れなかった。
「こ、小僧」
「……若林さん」
「……キャッチボールするか」
「えぇもちろん」
重い腰を上げたと思いきや、投げる球は冷静でかつ綺麗な回転を描いていた。心の動揺を落ち着かせるかのように投げてくる球。
「……」
「おーお前らまた一緒か」
看守が余計なタイミングで声をかけてくる。
「え、えぇ!」
「はい、そうなんですよー」
軽く返事をする小僧。声は柔らかくいつもの小僧そのものだった。少し俺は安堵していた。あの瞳に飲まれそうだったからだ。
そして1年の月日が経とうとしていた。俺は有刺鉄線2本を既に切り落とし、小僧に渡していた。小僧はにこやかに笑い決行日を俺に告げる。その間に俺はとある人物を訪ねていた。
「おい」
「……若林くんか」
「爺さん、あんた昔脱獄しようとした事があったって?」
「あぁ、まぁ地面を掘ってな……」
「そうか。その場所は」
「……牢からかなり遠く離れた場所だ。まぁお前には教えてやってもいいが、その扉が見つかってれば無いだろう」
「あぁ」
俺は爺さんからもし出入り口が無理だった場合の第2選択肢の逃げ場として、隠し通路の扉を教えて貰った。俺が逃げれなくとも小僧が逃げれるならばと、思っていた。
よくよく考えれば、俺は最初から逃げるつもりなんて無いのかもしれない。
小僧が何をやらかすのか楽しみという気持ちが強くなっていた。
そして決行日の夜が訪れた
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