6章 2人目

パンチドランカー

「TKO勝利を掴みました。これで30戦全勝、27KOという異次元の成績を残します!!」


 これは彼の試合をずっと実況してきた私が見た彼の生涯だ。

 初めて彼を見たのはアマチュアの試合だった。彼は周りと比べても頭ひとつ、ふたつと言えないほどに突き抜けており相手になる選手など居なかった。気づいたら彼はプロデビュー、瞬く間にデビュー戦を3戦無敗。特例でA級となり4戦目、日本が震撼した。


「な、なんということだ。1R、KO勝利……」

「つ、強すぎますね」


 彼の相手は決して弱くなかった。なのにも関わらず彼は1R、1分のところ左ジャブからの右ストレートによるコンボで相手を簡単に倒してしまったのだ。私はその際断言する。一切瞬きもしなかった。彼から目を離さなかったのにも関わらずあっという間に倒したんだ。


 この試合を機に彼はどんどんと戦績を上げた。気づけば世界最強と謳われる男たちをリングに沈め、彼は最凶と、日本で敵無し。と言われる男になっていった。


 そんな男が殴られまくり、12Rまでもつれ込み、その中で見せたロープアドープ。それが彼を変えた。


 ロープアドープ、モハメド・アリが生み出した戦術。相手が殴って来ているあいだ、ロープを背にし、わざとやられているフリをする中で、敵が疲れるのを待って反撃するというもの。


 ロープアドープを重ね、沢山の攻撃を受け続けながらも戦績を上げていった中で、私は衝撃の試合を見た。


 これはパンチドランカーという病の片鱗を見せる試合だった。


 彼は2R50秒のところ、相手をKOし勝利を掴んだものの、彼は急に右拳を下に降ろし、突如泣き始めたのだ。これはパンチドランカーに起こりうる鬱症状のひとつ。急なチャンピオンの泣き様に異様な空気に包まれるスタジアム。急いで彼は病院へと走ったと言う。


 しかし、彼のボクシング人生は終わることなくどんどん試合を積み重ねたが、40歳を迎えた年、引退前の試合を行った。3Rまでは攻め合いながら、撃ち合っていたが4R、彼のお得意であるロープアドープ。対戦相手は警戒していたのにも関わらず気づけばリングに沈んでいた。


 ☆☆☆


 彼が引退した後、私は今でもあの試合が忘れられずに彼を追った。何度かインタビューをする中で、呂律が回っていないところを確認した。そして私は失礼にも聞いた。


「パンチドランカーなのでは……?」

「うるさい。やめろ!!」

「え?」

「俺が引退したのはパンチドランカーのせいだってのか!!」

「い、いえ!」

「帰れ!!!」


 私は追い出されてしまった。

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