4章2人目

化け物

 昔から身体が丈夫で、健康体そのもので風邪も引いたことが無かった。母や父も病院代がかからなかったり、丈夫な子で嬉しいと喜んでくれていた。そんなある日、父は癌と診断され、余命は3ヶ月程度と申告された。その日から父は全く何もしなくなり部屋から出なくなった。


「お、お父さん」

「……おぉ。ミチコ」

「大丈夫?」


 部屋から出なくなったものの声をかけると返事はくれてとても可愛らしい笑顔で話をしてくれる父親だったが、その会話も突如として終わりを迎えた。余命申告から2ヶ月の事だった。容態が急変し父は亡くなった。母は父が亡くなった事で少しやつれていたが、決まっていた運命だと良い、何とか気持ちを切り替えて過ごしていた。


 そんな私も学校では明るく振舞った。


「大丈夫?」

「なにが?」

「いや、お父さん」

「癌だもん。仕方ないよ!」

「そ、そう。無理しないでね」

「何心配してるのよ! 大丈夫だよ。ありがとー!」

「うん。じゃ明るい話に変えよっか。新しいコスメが出てさ!」

「えーなにそれー!」


 友人の心配も有難く、されど運命なんだと言い聞かせ気丈に振る舞った。だが母はそんな私を見て言った。


「あんた、明るいね」

「え?」

「心無いのかな。まだ父さんが亡くなってから数日なのにニコニコ」

「いや、明るく振る舞った方がいいじゃん!!」

「……悲しむ素振りも涙もない。化け物みたいじゃない」

「母さん?」

「泣くくらいしなさいよ」


 母から突如罵られて脳が困惑してしまい、私自身も何を言われているのか理解出来ずに居た。部屋に戻り1人静かに考え事をしていると、部屋の扉がノックされる。


「は、はい」

「あんた、私出かけるから、勝手にご飯食べて」

「え、どこ行くの?」

「どこだって良いでしょ」


 母から冷たく突き放される。父がいなくなったことで母の性格が逆転したかのような、そんな感じだった。


 ☆☆☆


 母は翌朝まで帰ってこなかった。私が学校へ行く直前、母は酒臭い、男臭い匂いを身体にしみつけて帰ってきた。


「お母さんおかえり」

「……」


 母は私を無視した。そして母は倒れるようにベッドに寝っ転がり寝息を立てた。こっそり母の持っていたカバンの中を覗くと、そこには沢山の名刺が入っていた。どれも大企業の名前が書かれている物だった。


「何これ」

「あんた人のカバン探ってなにしてんの」

「ご、ごめん」

「泥棒みたいな事すんじゃないわよ。この化け物が!」

「化け物って何よ!」

「はあ?」

「化け物、化け物って。私人間だよ!」

「ふん。父親が死んだのに泣きもしないで、笑ってばかり。気丈に振る舞ってますって人間ですって言ってるサイコパスじゃないの」

「お母さんなんか変だよ!」

「変なのはあんたよ。インフルエンザもおたふく風邪もノロウイルス、水疱瘡。赤ん坊から幼児、小学中学高校と上がっても何ひとつとしてかからない。どこの化け物よ」


 つらつらと語る母親に思わず私は涙を零してしまう。すると母は驚きながら口元に手を当てて言った。


「まあ、人間のフリ?!」

「……え?」

「これこそ本物のサイコパスね!」

「あんたなんか嫌い!!」


 私は必要最低限のものを持って、学校へ向かった。家の玄関を飛び出すと、勢いよく誰かにぶつかってしまう。


「……大丈夫?」

「ご、ごめんなさい」

「ううん。平気だよ。立てる?」

「は、はい」

「俺ミツヒロ。君の名前は」

「ミチコです」

「そう。これ俺の名刺。怪我してたりしたら連絡して」

「は、はい」

「じゃあ」


 ミツヒロと名乗る男性の名刺を制服の内ポケットにしまい急いで学校に向かった。遅刻ギリギリに学校に着き、椅子に座ると友人たちが寄ってくる。


「今日遅かったねー」

「うん、ちょっと朝忙しくてさっ」

「肘怪我してるよ?」

「あはは、転んじゃって」

「保健室行こ!」


 自分が肘を怪我しているなど全く思わなかった。保健室に向かい、手当をしてもらう時だった。


「染みるよー」

「……え?」


 消毒液を塗られた時だった。皆は染みると言い、消毒液が苦手な子がいる中、私は痛みも染みもしなかった。


「あら、強いわね。痛くない?」

「は、はい」


 手当が終わった後、少しその痛覚の鈍さに違和感を覚えながら、教室に戻り授業を受ける。


 そして全授業が終わりを告げた午後16時だった。学校の正門前に1台の高級そうな車が止まっていた。素通りしようとした時だった。


「やあ、ミチコちゃん」

「あ、貴方は」

「乗って。怪我してるみたいだし」

「え、いやでも」

「いいからいいから」

「は、はい」


 私は若干強引に車に乗せられる。

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