パンチドランカー(3)

 彼の息子を追った。リングの上で舞う姿はモハメド・アリや彼の父親を彷彿とさせる。天才が天才を演じているのだ。素晴らしいジャブとストレートの連携、下から抉るように出る彼の腹部へのパンチは相手を薙ぎ倒す。最早ボクシングという域を超えていた。


 だがそんな彼は病気と闘っていたのだ。生前の父と同様に病魔と闘いながらリングの上に立ち命を燃やしていた。


 その病気の名は慢性外傷性脳症。彼がリングに上がって4戦目の試合、相手のストレートが5発ほど当たり、脳を揺らし、頭部への強い衝撃となって起こった病気。進行性の病気でありこれ以上リングに上がれば死んでしまうかもしれないというリスクを背負っていた。


 悲しき運命を背負った親子の記事を世間に出していいのか迷った私だが、数年後、息子である彼もまた亡くなったという事で世間に記事として全てをさらけ出した。


 すると私は世間から大バッシングを受けることとなった。ボクサーになることへの不安を掻き揺らしてしまいボクサーの大半が辞めることとなった。それについて世間からの大バッシング、炎上となった反面、その程度の事で夢を諦めるなと有名プロボクサー達が声を上げたのだ。


「悲しき運命。病気。そんなものに恐がっていたら何も出来ない。私たちは命を懸けリングに上がっている。リングで死んでもいいと思っている者も多くいる。この記事によりパンチドランカーの怖さが語られているかもしれない。脳に支障をきたす場合もあるかもしれない。だが私たちは勝つために生きるためにここにいる」


 有名なプロボクサーはそう言い残し、その翌年世界最強と謳われる選手を倒してジャイアントキリング。世界を取った。


 そして私はこの一件から記者をやめた。私の心が折れたのだ。非情な運命を遂げた者たちを晒しあげてしまった。


 己の生きるために。

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