買い取り部屋


 サランが水晶に触れると、バイタオさんは引き攣った顔で笑い始めた。もう、ここまで来たら笑う他ないのだろうと心中を察した。



「サランさんもウルフ族ですね。STR49、VIT42、AGI60、INT46、RES52、DEX41、LUK49で平均は48ですね。サクヤさんと同じくC級ですか」


「ボクも少し強くなってます!」



 サランは嬉しそうに俺に報告してくる。しっぽがブンブンと振られて、まるで犬のようだ。実際問題犬の仲間なんだが。



「皆さん、お強いですね。この分ですと、登録試験もあっさりクリアできそうです」


「その登録試験の内容というのは?」


「はい。お1人ずつ、実際にF級冒険者に与えられる依頼である薬草採取とノーツウサギとゴブリンの討伐を行っていただきます」



 薬草採取は母さんの力を借りられる俺とリオラ、そして山育ちで鼻が利くサランには難しくない任務だろう。しかしリオラはどうだろうか。そしてノーツウサギとゴブリンの討伐。これもやはり今のところ武器を使うと近接戦しかできないリオラが心配だ。それにサランも背後の注意が散漫になりがちだから不安ではある。


 しかしこの試験を合格しなければ冒険者にはなれない。どうにか策を考えてやってみるしかない。



「もう日が沈みますので、試験は明日行います。成果を元にして判定を行いますが、先ほど言った通り、嘘はすぐにバレます。虚偽の報告があれば今後一切冒険者試験の受験資格を失いますから、よろしくお願いしますね」



 バイタオさんはニコリと笑う。その背後に黒いオーラが見える気がするが、まあ気のせいだろう。俺の隣でサランがゴクリと唾を飲んだ。そういえば、野生動物の勘は鋭いと聞いたことがあるな。



「わ、分かりました」



 途端に怖くなってしまったじゃないか。



「ねえ、お兄ちゃん」



 後ろから服の裾をツンツンと引っ張られて振り返ると、望実が困った顔で俺を見上げた。上目遣いが安定的に可愛い。うちの子天才。



「ゴホンッ! どうした、望実」



 煩悩を追い払おうと咳払いをして聞き返す。今はそれどころではない。



「今日、どこで泊まるの?」



 そう言われて、煩悩で加熱された頭がヒュッと冷めた気がした。そういえば金がない。宿に泊まろうにも金がない。



「サクヤさん、お金、ないですよね?」



 リオラが不安そうに聞いて来る。心配を掛けてしまって申し訳ない。早くもっと安定した生活が送れるようにならないと。



「うん、ないな。どうすっかなぁ」


「今日も野宿にしますか?」


「あー、うん、そうだな。申し訳ないが、そうするしかない。1度街を出て、近くの森で……」


「あの!」



 バイタオさんが俺の言葉を遮った。バイタオさんは顔の横で小さく手を挙げている。なかなかあざと可愛い。猫耳であざといのはポイント高いぞ。



「冒険者ギルドでは素材の買い取りを行っています。もしも素材をお持ちでしたら買い取りますよ?」



 願ってもない。



「ありがとうございます!」



 だけど買い取ってもらえるものとはどんなものだろうか。



「動物の肉や怪物の素材など、貴重なものから一般的なものまで買い取らせていただきます。査定して買い取れないものはお返ししますので、買い取れるか確認したいものがあるようでしたら、査定部屋にご案内いたします」


「お願いします」


「分かりました。では、こちらへどうぞ」



 バイタオさんに先導されて査定部屋に向かう。その途中にも嫌な視線を感じたが、望実とリオラに向けられる視線はさっきよりも少ない。それなら何も問題はない。



「ここが査定部屋です」



 バイタオさんがドアを開けてくれて、俺を先頭に森を歩くときと同じように部屋に入った。部屋の中は受付があった部屋と同じ白い壁と木の柱で作られている。部屋の中央には木製のダークブラウンの大きな机がどんと置かれている。



「こちらの台に鑑定して欲しいものを置いてください。魔石の買い取りもしているので、この部屋には唯一魔力感知器がありません。アラートは鳴らないので安心してください」


「分かりました」



 そもそもそんな感知器が建物中に設置されているなんて知らなかったけど。だけどアラートが鳴らないなら好都合だ。この部屋でならバレずに魔法が使える。


 さてと。母さんによるとゴブリンの素材は買い取られないらしいし、ノーツウサギやロフボア、ヤーチョウの肉はある程度確保しておきたい。そう考えると、肉類を半分程度とフクロウの羽でも売ろうかな。


 そこまでは瞬時に考えられたのに、思考が立ち止まる。魔法が使えるとはいえ、堂々と影から出すのはまずい。



『お久しぶりぃ、そこの困ったお兄さん?』


『どこのナンパ師だ』



 突然〈念話〉で話しかけてきた母さんに突っ込むと、母さんはケラケラと笑う。そして笑いながら俺に情報を〈共有〉してきた。



『アイテム袋?』


『そう。この世界の定番アイテムだって。ちょっと高いけど、ある程度稼ぐB級以上の冒険者なら大抵持ってるらしいよ。亡き父の遺品とか言えばサクヤが持っててもおかしくはないでしょ』


『流石だわ』


『崇めよ』


『ははぁ』



 本当にひれ伏したい気分だ。母さんの助けがなければ俺たちはここまでやって来れなかったし、今だって大ピンチから救われた。母は偉大だな。


 俺は本人にも気が付かれないように〈闇属性魔法〉を使ってリオラからナイフを借りて、机の影で自分の制服のポケットを切り落とした。口紐は靴紐で代用しようか。また〈闇属性魔法〉で靴紐を回収して手元で取り出す。ポケットを代用した袋に靴紐を巻きつけてから取り出した。



「すみません、引っかかってしまって」


「いえいえ」



 バイタオさんはその説明で納得してくれた。アイテム袋を見るのも初めてではないようで、何か聞かれることもない。ホッとしながら袋の口を開く。袋の中は〈闇属性魔法〉で作ったブラックホール。俺が念じれば、自由自在に物が取り出せる。


 先に決めておいた売りたいものを想像した瞬間、袋から〈風属性魔法〉を使ったレンジの応用をイメージした魔法で解凍された大量の肉と、素材が溢れ出してきた あっという間に机が埋まって、その勢いで舞い上がってしまったフクロウの羽が辺りに舞う。



「え、えぇーっ!」



 バイタオさんの悲鳴が部屋中にもわんもわんと響いて、俺たちはパッと耳を塞いだ。


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