弓の力


 母さんが開いたステータスを覗き込むと、望実の物とはまた違う、数値の欄が少ない説明文メインのものが現れた。流石に武器にはアブスとエグスの違いはないようだ。



「なにこれ、光弓? ってか、名前がアズサなの? 苗字じゃん」


『あー、それなんだよねぇ』



 俺の疑問に、母さんはため息を吐いた。



『なんだか神様も焦っててさ、名前は? 仕事は? って矢継ぎ早に聞いてくんの。とりあえず名前をって思って梓由美ですって答えたら、名前がアズサ、仕事っていうか種族かな、これ。弓になっちゃったってわけ』


「あわてんぼうすぎだろ」


『でしょ? まあ、私も伝説の弓にしてもらえたし、スキルも2つもらえたんだけどさ。やっぱちょっと不服』



 母さんが言う通り、この光弓というものは伝説の弓らしい。説明によれば神が作った武器とされているらしい。確かに神様が転生させたなら間違ってはいないのか。


 母さんは不貞腐れたような声を出す。元々ひょうきんな人だったけれど、声だけになるとそのひょうきんさを良く感じる。それに表情がコロコロ変わるあの明るさが声から伝わってきてホッとする。


 光弓の機能はかなり万能。矢は光でできているからより強い光を当てられない限りには消えることもないし、暗闇での攻撃力は望実を一撃で倒せる威力だ。


 さらに矢は母さんが念じた通りに飛ぶから使い手が180度反対を向いて打っても関係ない。そして母さんが念じるだけで光の矢は消えるから、証拠隠滅にももってこいな性能だ。


 そしてスキル。今俺たちと話をしている〈念話〉ともう1つ、〈検索〉というスキルを持っていた。これはまあ、分かりやすく言えばスマホのアシスタント機能だ。


 この世界の基本情報は調べられると書いてあるが、母さん自身はこのスキルの使い方がよく分かっていなかった。試しにこのスキルの使い方を〈検索〉してもらって、ようやくスキルの使い方が分かったらしい。


 スキルの起動は至ってシンプル。母さんが「〈検索〉」と言って調べるか、もしくは使用者が「ヘイ、アズサ」と呼び掛けて調べるだけ。そのまんまスマホだ。


 とんでもない便利機能付きの弓に転生した張本人は鼻高々な声で〈検索〉を繰り返している。新しいおもちゃをもらった子どものようだ。


 楽しんでいる母さんのことはとりあえず放っておくとして、俺は1つ重要な方針を固めた。



「よし。望実」


「ん?」


「望実は弓使いになりな」



 突然のことに望実は驚いたように目を丸くした。くりくりした目がさらに丸くなると可愛い以外の何物でもない。優勝。



『でも朔夜、望実は〈剣術S級〉を持ってるんだよ? 剣の方が良いんじゃない?』



 一応こっちの話を聞いていたらしい母さんの言葉を、俺はフッと鼻で笑い飛ばした。



「分かってないな。剣は近接戦、弓は遠距離。弓の方が怪我のリスクが少ない」



 だから戦国時代より前の武士たちは弓術の鍛錬を欠かさず、戦場でも弓矢を持って戦ったんだ。近接戦なんて、殺してくれと言っているようなもの。望実にそんな危ないことをさせてたまるか。



『もちろん敵が近づいて来たときのことも想定して剣の鍛錬はしておいて欲しいけど、普段は弓の方が良い。それに、〈剣技S級〉が勇者の証なら、勇者の存在を面白く思わない相手への隠れ蓑にすることもできる』



 そんな人がいるかは知らないけど。リスクは常に考えておくべきだ。



「へぇ。すごい良く考えてんじゃん。流石シスコン」


『望実を守るためなら当然だな』



 世界を守る勇者を守る。これは世界平和のために必要なのであって、俺のわがままではないと外面的には言い張れる。内面的には当然俺のわがままだ。



『そうだ、1回試しに打ってみる? 木に向かって打ってみても良いし……』



 母さんに言われて近くに良い木がないか見繕っていると、母さんがあっと声を上げた。急に黙ったかと思ったら、何か思いついたらしい。



『ねえ、そろそろお腹も空いてきたでしょ? 食べられるものを狩って調理してみようよ』



 確かに言われてみればお腹は空いている。死ぬ前も結局夕食を食べる前に死んでしまったわけだし、お腹だけではなくて口も何か食べられるものを求めている。



「そうだね。ねえ、でも母さんってお腹空くの?」


『全然。食欲もないね』


「え、あの大食いのお母さんが?」


『失礼な』



 望実が言う通り、母さんはよく食べる人だった。成長期の俺よりも食べるくらいだったといえばある程度伝わるだろうか。夕食に米を1合平らげた後に平然と夜食を食べる人。それでも全く体型が変わらなかったから、きっと仕事場ではくるくる動き回っていたんだろう。


 でもまあ、弓が食事をするシーンは想像がつかないし想像したくもない。母さんに食欲がなくて良かったと思ってしまう気持ちもなくはない。



「まあ、それはさておき。こんなよく分からない世界で食べられるものなんてどうやって見分け……あ」


『ふっふっふ。そう! 私の〈検索〉スキルを使えば朝飯前! あそこの茂みに隠れているノーツウサギは狩ってすぐにさばいて、焼いて良し、煮ても良し。すぐに食べても問題ない。血抜きとか解体とかの方法も調べられたから、あとは朔夜にお任せ!』


「待って、解体用の道具がない」


『それは……そっか。望実もまだ剣は持っていないし。うーん。解体道具を探しながら朔夜のステータスでも見ておこっか』


「俺のステータスは片手間かよ」



 まったく、ちょっと雑なところも相変わらず。内心呆れながら、2人の真似をしてステータスを開いてみる。



「ステータスオープン」



 俺も同じようにステータスを開くことができて安心したのも束の間、自分のステータスに思わず息を飲んだ。覗き込んだ望実も言葉を失ったようで口がパクパクしている。



「魔王、ね」



 俺の称号は魔王。勇者と敵対する者だった。



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