最強な最凶
しばらくは誰も何も言えなかった。俺も自分が望実の前に立ちはだかる様子がイメージできなくて戸惑った。けれどふと、それで良いのではないかと気が付いた。
「そうか。俺が魔王なら、望実が怪我をする心配もないのか」
「お兄ちゃん、どういうこと?」
「ん? だってもし俺が賢者と和解するか、それができなくてもアブスに潜り込んで賢者になることができれば、あっさり和解成立させられるだろ?」
これは何という幸運。まあ、そんなにすんなりいかないだろうと心の中では思っている。だけど見ず知らずの魔王に立ち向かうより、ずっと平和に向かいやすい。
「こんなよく分かんねぇ状況、ラッキーと思わないとな」
「うん……あ、でもそっか。だからお兄ちゃんは勇者じゃないんだね」
「そう、だな。うん」
今そこか、と思わなくもなかったけれど、望実にキラキラした目で見上げられた俺がそんなことを言えようか、いや言えまい。質素な装いの中にきらめく宝石のような漆黒の瞳の前に、俺は無力だ。
だけど望実が言うように、俺だけ今に至る状況が違う理由には説明が付くようにはなった。あの男が俺を刺して動揺した理由、俺だけ神様に会っていない理由、服もブレザーのままな理由。全ては俺が2人とは違う方法でこの世界にやってきたから生まれたズレだった。
「お兄ちゃん、やっぱり人間じゃない」
俺が考えている間にステータスの続きを見ていた望実は俺の種族欄を見て不安そうに顔を歪めた。確かにそこにはウルフ族エグスと記されている。まあこの耳としっぽが生えた時点でそうだろうとは思っていたけれど。
『〈検索〉。人族がウルフ族になる方法』
母さんが早速〈検索〉してくれて、うんうん唸りながら良い情報がないか探してくれている。その間に他の欄を見ていると、レベルこそ1だけどステータスの平均値が40になっていた。HPは100と少ないけれど、MPは15,000の表記。これはそこそこ強いんじゃないか?
「こんな強い魔王に勝てとか、意地悪過ぎない?」
「確かにな」
いくら勇者に生まれてもこんな桁違いの魔力を持った魔王と戦えなんて無謀すぎる話だ。次の魔王が力を持つ前に、なんて言っていたらしいけれど、生まれてすぐにこんな力を持っていたのでは勝ち目なんてない気がする。
『分かった!』
母さんが嬉々とした声を上げたから、1度ステータスから目を離した。
『人族が後天的に獣人族になった例は賢者の力によるもののみが確認されている。これは賢者が作った水晶に触れることで生じるものである』
そう言われて思い出してみると、さっきあのログハウスで水晶に触った。そしてその直後に耳としっぽが生えてきた。つまりあの家が賢者の家ということか。
『なお、賢者の水晶は盗難に遭いオークションにかけられた。そして獣人へのコンプレックスを抱えるもののために嗜好品として使用され、獣人化させた人間を競売にかける行為が発生したため没収した。しかしそれもまた盗難に遭い、現在の所在は書類上は不明とされている。ファストの森のガラクタ置き場にあることは神のみぞ知る事実、だって』
全然違った。しかもガラクタ置き場って。そんなところに大事そうなものを置くな。だいぶおかしくはあったけれど、流石にあの卍の像もガラクタではないだろう。
それに水晶と同じように熱を発したあの魔法書。水晶に人族をウルフ族になるものだったなら、あれも普通の人間に魔力を与えるものであった可能性はある。
『なんだか釈然とはしないね』
「まあ。でもあれが原因ってのは間違いないだろうから。母さん、ありがとう」
『いやいや、楽しいから全然良いよ。さ、朔夜のステータスの続きを見よっか』
照れたような声の母さんに促されてステータスに視線を戻す。照れていることを弄りたい気持ちがないわけではないけれど、今はそれよりもこっちのほうが優先だ。
俺のスキルの欄は望実と母さんより多かった。〈火属性魔法〉、〈水属性魔法〉、〈土属性魔法〉、〈風属性魔法〉、〈闇属性魔法〉、〈聖属性魔法〉、〈無属性魔法〉。全て魔法の属性らしい。とはいえ使い方は分からない。属性しか書いていないし、よくある定型の魔法についての記載はない。使えないのかなんなのか。
唯一〈無属性魔法〉だけが定型の魔法のリストが着いていて、言語理解や隠蔽なんかのスキルが並んでいる。生活のお役立ちスキルが〈無属性魔法〉といったところか。
「これ、どうやって使うんだろうね」
「さあな。ゲームとかだと技の名前とか長くてかっこいい詠唱とかあるけど」
例えば〈火属性魔法〉だったら典型的なファイアボールとか。あの燃える火の球、何個も一気に出せたら悪の魔術師感があってカッコいいよな。
火の球が自分の背後でジャグリングのように勝手に回っている様子を想像する。敵に向かって手のひらを翳したら弾丸のように飛んでいくとかも良いな。
ボォォォッ
「え?」
突然身体から何かが抜ける感覚がした。その瞬間に背後が熱くなって、何かが燃える音がする。ハッとして振り返ると、今想像していた通りに9つの火の球が回っている。
「お、お兄ちゃん!」
「これは……」
魔法はイメージの具現化。どこかでそんな話を聞いたことがある気がしなくもない。もしもそうだと仮定するなら。
天に掲げた腕を前に振りかざすポーズとともに火の球が目の前の木に向かって飛んでいく姿を想像する。するとやっぱりと言うべきか、火の球はまっすぐ木に向かって飛んで行った。
燃え盛る木を前にして、唖然としてしまう。ステータスを見ればこれだけの火力を出したからかMPの消費は45。火の球1つあたりMPを5消費するということだろうか。意外と消費しなくて良いんだな。
『朔夜、あれ、火事になる!』
焦った母さんの声で現実に引き戻された。確かにあそこに風でも吹けばこの辺りの森を燃やしてしまうだろう。
あの火を消すなら水か土か、酸素を消すか。酸素の消し方はすぐにはイメージができないし、手っ取り早く水をぶっかければ良いか。
〈水属性魔法〉でバケツに入れた水をひっくり返すイメージ。それも、あの大木全てに水がかかるような大きさのバケツ。
燃える木に手を翳すと、そこからさっきよりも多く何かが抜けていく感覚がする。その直後、木が水を被って大きな音と共に火が消えた。
「すごい……」
望実の言う通り、すごい力だ。使い方によっては身を滅ぼしてしまいそうで、正直怖い。だけど魔法の扱い方についてはなんとなく理解した。よく考えて使えば問題はないはず。きっと大丈夫。戦術を考えるの得意だ。
さて、魔法を使ったからなのかお昼ご飯の後から何も食べていないからなのか、お腹が空いた。日も傾きかけている。解体も料理も魔法を使えばできそうだし、何か食糧を確保して夕食にしよう。
「よし、狩りをするぞ。望実、構えて」
望実に母さんを構えるように言ってすぐ、ちょうど視界の端でさっき母さんが話していたノーツウサギが跳ねたのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます