初戦闘と初調理


 望実は驚いたようだったけれど、母さんを手に取って立ち上がるとノーツウサギを見据えた。良い目だ。まっすぐに見据えている姿も可愛い。



「あの子?」


「ああ。望実が狩ったら俺が解体して調理する。狩れなければ空腹で死ぬ。生きるために狩るんだ」


「わ、分かった」



 望実は緊張した面持ちで頷くと、母さんをさらりと撫でた。



「お母さん、よろしくね」


『任せて。望実はとにかく弓を引いてね』


「分かった」



 望実が返事をした瞬間、光り輝く矢が現れた。望実はその矢を番えると、どこで学んだのか美しいフォームでゆったりと弓を引いた。そして静かに矢が放たれた。弓からも矢からも音がしない。空気を割く音もしない。幻想的な瞬間。


 望実と母さんが放った矢は大方の狙いを的確に定めた軌道を辿った。しかしノーツウサギに矢が当たるかと思われた瞬間、矢に気が付いたノーツウサギが跳んで逃げだした。避けられた。思わず舌打ちが出そうになった。


 けれど矢は急に軌道を変えてノーツウサギの追跡を開始した。そしてそのままトスッと音を立ててノーツウサギの首元に鏃が突き刺さった。ノーツウサギはパタリと倒れるとそのまま動かなくなった。



「急所を狙ったんだ」


『命をいただくにしても、あまり苦しませたくはないから』


「お母さん、ありがとう。ウサギさん、ありがとう、いただきます」



 望実は息絶えて光の矢も消えたウサギをそっと撫でる。優しい2人の思いを受け取って、俺も美味しく無駄なく調理してあげないと。



「よし。じゃあ早速、調理するか」



 まだ温かいノーツウサギをそっと抱き上げた。魔法のイメージはしてある。まずは〈土属性魔法〉。キッチン台をイメージして地面に手を翳すと、地面がグラグラと揺れながら隆起した。


 出現したキッチン台の上にノーツウサギを横たわらせる。早速解体を始めようか。


 続けて博物館で見たことがある打製石器、石刃をイメージする。手のひらにそのまま出現したそれを見てホッとした。同時に火で熔鉄する姿を想像したからか、かなり固いものができた。



「母さん、手順をお願い」


『はーい』



 母さんの言う通り腹を割いて内臓を取り出して血抜きをして。それから部位ごとに解体を始める。



『カレーとかシチューが美味しいらしいね』


「なんもないから素焼きだな」


『え、それはないでしょ。ちょっと待って。検索、近くの塩』



 母さんは塩を探すらしい。望実と一緒に探しに行った。解体しながら待っていると、その内岩塩と芋らしきものを持って帰ってきた。



「それ、食べられるのか?」


『当然! 調べて採ってきたから大丈夫!』



 検索とは思っている以上に便利なスキルだ。〈土属性魔法〉と〈火属性魔法〉を組み合わせたフライパンを出して、チノイモも母さんの言う通りに処理を済ませる。見た目も調理法もほとんどじゃがいもだ。



「じゃが塩で良いか」


「賛成!」



 望実は目を輝かせながら俺の周りをちょこまかと動く。〈土属性魔法〉を使って机と椅子をイメージして、チョイっと指先を動かした。



「座って待ってろ」


「はぁい!」



 すぐ近くに用意した土製の椅子に座るように促す。だけど土のままだと固いか。ふと思い立って、〈水属性魔法〉と〈風属性魔法〉で水を空気で包んだクッションをイメージした。もう1度椅子に向かって指先を動かすと、ぷにぷにしたスライムみたいなものが現れた。



「何これ」


「クッションかな。とりあえず座ってみて」



 望実は恐る恐るクッションの上に座ると、楽しげに弾んで遊び始めた。



「空気の膜が割れたらずぶ濡れになるからな。気を付けろよ?」


「はっ!」



 目を見開いてピタッと動きを止めた望実は、跳ねるのを止めた。けれどまたそろっと動き始めると、今度はバランスを取る遊びをし始めた。結局遊んじゃうところもやっぱり可愛い。


 可愛いから早くご飯にしてあげよう。こちらも〈土属性魔法〉と〈火属性魔法〉の組み合わせで出した蒸し器をイメージした鍋に〈水属性魔法〉で出した水を入れて、上の段にチノイモを並べる。そして〈風属性魔法〉で集めた焚き木に〈火属性魔法〉で火をつけた。



「魔法って便利だな」



 蒸し器を火にかけて、隣で用意したフライパンに塩で下味をつけた肉を焼く。跳ねる油も〈風属性魔法〉で作った壁を使えば簡単に防ぐことができる。



『肉はよく焼いてよ?』


「はいよ」



 辺りに焼かれた肉の良い香りが漂う。良い感じに焦げ目がついて来ると、塩味しかつけていないけれどなかなか美味しそう。



「さて、残った肉はどうしようかね」



 さすがに1匹丸ごと食べきることはできないし、保存ができれば良いんだけど。真空パックにして冷やしてどこかに収納できるのがベスト。周りの空気を抜くのは〈風属性魔法〉で何とかやってみよう。



「冷やす、か。氷……は使えないんだよな。水だけ。冷やす、冷やす……日陰?」



 とりあえず思いつくままにやってみるしかない。


 まずは〈風属性魔法〉で肉の周りの空気を退かすイメージをする。それからさっきのクッションの膜を作ったときと同じ要領で包み込んで空気を完全に遮断。その周りに〈水属性魔法〉でさらに水の膜を張る。



「いけっかな」



 〈闇属性魔法〉。水の膜の上から闇で包み込むイメージでさらに膜を張る。触ってみると、案の定ひんやりとしている。ノックをすれば氷を叩いている音がして、その音は思い付きの作戦が成功したことを意味していた。


 真空パックを氷で包んで冷やしている状態。これならしばらく持つだろう。



「さてと。あとは持ち運びだよな」



 肉を炒める手を再び動かしながら考える。土の鞄か、風で運ぶか。光は使えそうにない。〈無属性魔法〉にも荷物運びの便利スキルはなかった。植物を編んで鞄を作るかと思ったとき、ふと上空を分厚い雲が過ぎて行った。辺りが一瞬にして暗くなって、森の奥が見えなくなる。



「これだ!」



 〈闇属性魔法〉で自分の影に空間を作るイメージをしてからそこに肉を落した。それから空間を閉じると、影は踏んでも中には入れない。


 試しにもう1度影に空間を作って、中を〈風属性魔法〉で漁ってみる。さっき入れた肉を見つけて簡単に取り出すことができた。まさか例のポケットを影に自作できるとは。これを改良して影から影に移動とかもできるかもしれない。


 空想を膨らませていると、近くの茂みがカサカサと動いた気がした。


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