戦闘は夕飯前


 分厚い雲が去って森の中が良く見えるようになると、近くにノーツウサギが大量に寄ってきていることが分かった。こいつの家族だろうか。これは望実と母さんに任せるのは大変そうだ。


 焚き火を消して、また〈土属性魔法〉と〈火属性魔法〉を掛け合わせて刀を用意する。もう1本望実が使いやすそうなサイズの剣を作ると、周りのノーツウサギたちに気が付いていない様子の望実にそれを手渡した。



「これは?」


「望実の剣だ。即席だけどな。ノーツウサギに周りを囲まれているから、襲われたら母さんとこれで対処してくれ」


「わ、分かった」



 望実が周りの動物を確認しようと辺りを見回した瞬間、茂みから一斉にノーツウサギが飛び出してきた。全部で16体、ちょっと多いな。どの個体も俺たちの排除をしようとしているらしい。こっちに向かって突っ込んできた。



「望実、1本目」


「うん!」



 望実と母さんが放った矢は、先頭を走っていたノーツウサギの首元に命中した。その屍を超えて来たノーツウサギに、母さんが作った矢が次々に刺さる。


 それでも弓を引くスピードには限界がある。5体ほど倒したころにはもう弓での応戦は難しくなってきた。



「望実、あと1本放ったら剣を取れ!」



 指示だけだして、俺は刀を手にノーツウサギに切りかかった。



「まずは1匹!」



 確実に頭と胴を切り離す。近場にいた個体から切りかかっていくと、突然身体が軽くなった。刀が身体に馴染んでいるような感覚。心なしかいつもより刀捌きのキレも良い。



『朔夜! 後ろ!』


「おっと、あぶねぇ」



 母さんの声を聞いてすぐ、背後から忍び寄るノーツウサギを視界に捉えた。振り向きざまに首元を切り裂けば、周りにいた個体は全て片付いた。



「母さん、ありがとう」


『それほどでも』



 俺の方は片付いたから望実を手伝おうかと思って視線を送った瞬間、あっという間に目を奪われた。見たことがないほど美しくしなやかな動きで剣を振るう望実。その足元にはノーツウサギの遺体が転がる。こちらも確実に急所を狙って仕留めている。



「すげぇ」



 昔、俺に付き合って剣を振っていた拙い姿からは想像もつかないほど手慣れた様子で剣が舞う。俺なんかよりずっと洗練された動きだ。


 あっという間に全てのノーツウサギを倒した望実は、おでこにかいた汗を袖で拭った。



「お疲れ様。怪我はしてないか?」


「うん、大丈夫」


「すごく綺麗な剣捌きだったぞ」


「ありがとう。なんか、自分でも不思議なくらい勝手に身体が動いたんだよね」



 望実は剣をマジマジと見つめる。きっとあれが〈剣技S級〉の力だろう。



「ステータスオープン」



 望実は急にステータスを確認し始める。何か気になることでもあったのだろうか。俺も望実のステータスを覗き込むと、レベルが3に上がっていた。ノーツウサギ10体で3か。



「ステータスオープン」



 俺も確認してみると、レベルは2。俺は6体倒したわけだし、妥当だろう。そしてスキル。魔法の属性の他に〈剣技〉が追加された。数値は32、D級相当だ。



「元々刀を振り慣れていたからだろうな」


『チャンバラじゃん』


「いや、部活では色々なものを振り回していたからな。竹刀と木刀と、あとヌンチャクはよく振り回してたぞ」


『怖いわ』



 母さんのツッコミはさておき。俺のスキルには他にも〈料理〉と〈解体〉が追加されていた。数値はどちらも28。E級相当なら下手の横好きレベルだ。



「とりあえず、これも全部解体して保存しておこう。このままにしておくのは申し訳ない」



 〈風属性魔法〉でそっと持ち上げたノーツウサギたちをキッチン回りに集めると、1体1体順番に解体を開始した。



「母さん、望実。悪いけど料理の続き頼める? あとは肉の焼き加減とチノイモの火の通りを確認して盛り付けるだけだから」


「頑張る!」


『任して。よし、望実。私が言う通りにやるんだよ? 危ないからね?』


「うん!」



 望実はあまりキッチンに立ったことはなかったけれど、母さんと一緒なら安心だ。


 俺は自分の手元に集中する。腹を割いて内臓を取り出して、血抜きをして、部位ごとに分けて。3匹目を部位ごとに切ろうとした手を止める。思いついたままに〈風属性魔法〉で刃を作ってみた。一気に肉を部位ごとに分けるイメージをしてみると、刃がするすると肉を切り裂いて、上手く1匹が部位ごとに解体された。



「こりゃいいや」



 俺は血抜きまでの作業に集中しながら、さっきのイメージのままに肉を風の刃で部位ごとに切り分ける。切り分けた肉はそのまま真空パックにしてから氷で包んで、俺の影に収納。


 1回イメージした魔法はそこまで集中しなくても使えるから、かなり便利。作業効率も上がるし、解体のスピードも着実に上がっているからステータスも上がっていそうだ。



「お兄ちゃん、できたよ」


「ああ、こっちももうすぐ終わる」



 あっという間に16体全てを解体し終えて、キッチン台に残った内臓の中からさっきからずっと気になっていたものを取り上げた。


 6体目と8、9、13体目だけは心臓の代わりにこの青い宝石ようなものが入っていた。血抜きをして出てきたのも、ほんの少し青っぽくて、血ではないようだった。魔法を使っているときのあの感覚、魔力によく似たものが出てきて飲み干したい衝動に駆られた。


 念のため〈土属性魔法〉で作ったコップに残しておいた。けれどこれを飲んだら一線を越えてしまいそうで、理性で本能を押さえつけた。



「お兄ちゃん! 食べよ!」


「ああ」



 ひとまずコップに蓋をして、肉と同じように冷やして影に収納した。


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