偶然は突然


 食事を終えた俺たちは、剣の修行を始めた。魔王と勇者で戦わなくて良いとはいえ、剣やら魔法やらが溢れている世界で力を持たないことは命取りだ。それに職探しをすることを考えても力はあって損はない。


 これからの身の振り方が決まるまでは、もう2度と死なないように鍛錬したい。望実もそう言っていた。ならば俺は望実や母さんを守るための力を得たい。


 母さんが調べたコツを聞きながら素振りを繰り返して、薪の確保も兼ねて木の枝を切り落とす練習もした。このファストの森は手入れもされていないようだったから、伐採の意味もある。



「この辺の木はだいぶすっきりしたね」


「ああ。これで日も入りやすくなったはずだ」



 伐採がてら木から木へ飛び移って遊んでいたら、〈跳躍〉をゲットした。俺は39、望実も31までスキルレベルを上昇させられた。


 ちなみに俺のスキルレベルの上昇が早いのは元の運動神経のおかげだけじゃない。〈経験値倍化〉の〈無属性魔法を〉使っているからだ。〈共有〉の〈無属性魔法〉の存在に気が付いて使い始めてからは望実のステータスの上昇も早まった。



「今日の寝床はどうする? 野宿はちょっと怖いよね」



 母さんに言われて気が付くと、夕陽が沈みかけている。〈無属性魔法〉はMP消費がないらしくMPも今は全回復状態。土の小屋を作るくらいなら簡単だ。だけど、どんな動物に襲われるかも分からない夜の森で視界の狭い穴倉を開けた場所に建てるのは少し怖い。



「キャーッ!」



 刹那、耳をつんざくような悲鳴が辺りに響いた。咄嗟に俺は刀を、望実は母さんを構えた。



「〈遠視〉」



 〈無属性魔法〉、〈遠視〉。これなら森の中でも2km先まで見通せる。


 1.5km先に腰ほどに伸びたマリンブルーの髪がボサボサになっている少女と、あれはなんだろう。俺の身長の半分くらいの大きさの緑色の鬼のようなものが1体少女に迫っている。


 〈無属性魔法〉、〈共有〉。



「ヘイ、アズサ。あれ何?」


『あ、れ、は……ゴブリンだって。小鬼? 弱そうな見た目だけど結構強いらしいよ。あの子ちょっと危ないかもね』


「怪我してるみたいだし、俺ちょっと行ってくるよ。母さん、ここからあいつ狙える?」


『もちのろん。早速やっちゃうよ。望実、構えて』


「よく分かんないけど分かった!」



 望実に〈共有〉するの忘れてた。とはいえ今更気が付いたところで今は説明をしている暇はない。俺は森に飛び込んだ。俺の横をすり抜けて木を避けながらゴブリンに向かっていった光の矢を〈闇属性魔法〉で作った影で覆う。これで威力は増したはず。


 時折木を飛び移りながら行けば、案外すぐに目的地に辿りついた。


 無残にも身体の中心を貫かれて大穴が空いているゴブリンと、それを見ながらガタガタと震えている髪と同じマリンブルーの目をした少女。望実と同い年くらいだろうか。望実と似たような村人風の服を着た少女はぼろぼろのエプロンをつけているし、お手伝いの途中を襲われたのかもしれない。



「大丈夫か?」


「あ、え、あ……」



 足を怪我した上に恐怖で上手く話せないらしい少女を〈聖属性魔法〉で回復させようとして思い留まる。彼女がアブスだった場合、俺の正体がバレるのはよろしくないかもしれない。


 少し考えて、少女に背を向けてから制服のポケットに手を突っ込んで探し物をしているふりをした。〈土属性魔法〉で作ったガラス瓶に〈水属性魔法〉で水を入れる。それからその水に〈聖属性魔法〉で怪我が治るイメージを付与する。お手製回復薬の完成だ。効果は不明だけど。



「あったあった」



 わざとらしく声を出しながら少女を振り返る。ビクッと肩を跳ねさせた少女に回復薬を差し出した。



「これ飲んで。回復するはずだから」


「えっと、治癒、ポーションですか? いただけません! こんな高価なもの!」


「あのね、どんなに高い物でも使わなければ無価値なの」



 そんなに高価なものなのか。だけど引き下がるわけにもいかない。少し強引に押し付けると、少女は俺と回復薬を交互に見た。そして意を決したように瓶の蓋を開けて恐る恐る飲み始めた。


 彼女が1口嚥下すると、みるみるうちに傷口は塞がった。腫れも引いてきたからハンカチで拭いてあげると、もうすっかり元通りの小麦肌が覗いた。



「あ、ありがとうございます! 私のようなものに、こんな……」


「良いって良いって。妹を思い出して放っておけなかっただけだし」



 まだ震えの収まらない少女をこのまま放っておくのも気が引ける。



「君、名前は?」


「リ、リオラです」


「お家はどこ?」


「えっと……あ、ありません。その、追い出されてしまって……」



 訳アリさんということか。それなら一層放ってはおけなくなった。



「リオラ、俺は朔夜だ。良ければ俺と来るか? とはいっても、俺も家はないんだけど。夜になるのに森の中で1人でいるのは危ないだろうから」


「い、いえ! そんなご迷惑は……」



 ぐぅぅぅ……


 リオラの言葉を遮るようにリオラのお腹の音が夕方の森に響いた。リオラは恥ずかしそうに視線を彷徨わせるばかりで、言葉が続かないようだった。



「とりあえず飯だけ一緒に食おうぜ。その後のことはそれから考えよう。向こうで妹が待ってるから一緒に行こうか」


「はい……」



 申し訳なさそうに肩を竦めるリオラの手を引いてきた道を引き返す。もちろんゴブリンの御遺体はリオラに気が付かれないように影に収納させてもらった。食べられはしないだろうけど、念のため。それに血の臭いに他の獣が集まって来ても厄介だ。


 途中でこちらに敵意を向けた動物たちには望実が放った母さんの矢が突き刺さった。有難く影に収納させてもらって、あとでいただくことにする。森の中は影が多いから収納も便利だ。


 おっと、森を抜ける前にキッチンとリビングを用意しておかないと。収納のことも魔法のこともリオラにバレることは避けたい。



「おかえり」



 森を抜けると、望実が母さんを構えていた腕を降ろしてこちらに駆け寄ってきた。俺の後ろにいるリオラを不思議そうに見つめると、ニコッと笑ってリビングに案内してくれた。


 リオラは最初は水と空気のクッションに戸惑っていた様子だったけれど、それに慣れると落ち着いてきたようだった。


 ひとまずリオラの相手は望実に任せよう。俺は望実とリオラに気を向けつつ、キッチンに立って手元に作った影からノーツウサギの肉とチノイモ、塩を取り出した。



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