青の群生地


 リオラはすぐに顔を上げると、俺たちを安心させるように笑った。



「これでも私、ナイフを投げるのも避けるのも上手だったんです。だから今日まで、大きな怪我もせずに生きてこられました」


「そうか」



 無理をしていることは分かるけれど、それを指摘しても俺に掛けられる言葉はない。これっぽっちしか声を掛けてやれない自分に悔しくなる。



「リオラはたくさん頑張ったんだね」


「えっと、そう、ですか?」


「うん! たくさん頑張ったから上手になんだと思うもん」



 望実は真っ直ぐな瞳でリオラに微笑みかけた。リオラは少し戸惑った表情を浮かべると、寂しそうに微笑み返した。



「練習の時間なんてありませんでした。私はただ、死にたくなかっただけです。相手の手元が狂ってナイフが当たれば私は死んでしまいます。逆に私が狙いを外したら相手が死んでしまいます。良くても怪我はさせてしまいます。それを逆恨みされて殴られて亡くなった子もいました。私はそれが怖かったんです。だから、ただ必死でした」



 震える声で話すリオラのマリンブルーの瞳に、じわじわと涙が浮かんだ。ついにそれが零れると、望実はリオラを抱きしめた。いつか母さんがしてくれたように、優しくリオラの背中を撫でる。


 いつの間にか俺なんかよりずっと優しい子になっていた望実の成長に感動しながら、やっぱりどうしてもリオラに声を掛けられない自分が腹立たしい。俺にリオラの成長の手助けができるのか、それすら不安になる。



『朔夜。人には向き不向きってものがあんの。こういうのは望実に任せておきな』



 念話で話す母さんの声が頭に響く。普通に話す時より胸に刺さる。



『俺は、人に優しくするのが向いてない?』


『違う。そうじゃない。朔夜は十分優しい子。声を掛けてあげるのも、苦手じゃないでしょ? だけど、親しい相手に共感して声を掛けてあげるのは、望実の方が得意なんだよ』


『複雑だな』



 優しいのと、声を掛けるのは別。母さんはそう言いたいのかもしれない。だけど、よく後輩の相談に乗ったりもしていたし、その中でアドバイスをしたこともあった。それなりにきちんと答えられていたと思っていたのは、俺の勘違いだったのだろうか。



『望実は誰かの隣に腰かけて、その感情に共感するのが得意なの。だから自分が今欲しい言葉とか、して欲しいことを考えて相手にしてあげると大抵正解を導ける。朔夜は、前を歩いているんだよ。周りをよく見て、自分の経験とか見えている道筋を相手に示してあげられる』



 母さんの言葉を素直に受け止める。俺には向いていないというのは、誰かに寄り添うことが得意ではないということらしい。確かにその自覚はある。慰めるよりも背中を押すことの方が今までだって多かった。



『立っている場所が違えば見えるものが違うでしょ? これもそういうこと』



 自分を不甲斐無いと思う気持ちが消えたわけではない。だけど、確かに母さんの言葉に救われた。



『ありがとう』


『いえいえ。母さんですから。あ、それと。この先もう少し行ったところを森に入って。少し行ったところにエグスの木の群生地があるらしいから。そこでリオラの武器を作ってからマリアーナに行こう』


『何から何までありがとう』


『ふっふっふ』



 満足気な母さんに心の中でもう一度お礼を伝えて、望実とリオラに向き直る。リオラはもう泣き止んでいて、望実がその頭を撫でていた。



「一生懸命頑張ってきたリオラには、これからいっぱい良いことがあるからね」


「はい。ありがとうございます」



 照れ臭そうに笑ったリオラは、俺に向き直るとペコリと頭を下げた。



「困らせてしまってごめんなさい」


「いや、俺もごめん。きちんと言葉を返してあげることもできなくて、ごめん」


「そんな……」



 リオラはあわあわしながら何度も首を横に振る。気にしない方がリオラにとっても良いんだろうけど、それは俺の気が済まない。



「お詫びと言っては何だけど、この先に群生地があるらしいんだ。そこでリオラの武器を作らせてくれないか?」


「良いんですか?」


「もちろん」



 これは俺のわがまま。リオラの気持ちに寄り添ってあげることができない俺だけど、これから強くなりたいと思う気持ちを支えてあげたい。


 母さんに共有してもらった地図と〈遠視〉を頼りに群生地に向かう途中、出会い頭に襲ってきた2体のゴブリンと1体のもじゃもじゃ頭のイノシシ、ロフボアを刀で倒してそのまま影に収納した。あとで解体しておかないと。



「D級の動物を瞬殺って、凄いですね」


「そう? 心臓を破るか、頭と胴が離れれば大抵倒せるよ」


「的確にそれをやるのが難しいって話だよね」


「ですね」



 すっかり仲良くなった望実とリオラ。2人は双子かと思うほど話の息が合っている。このまま戦闘でも息を合わせられるように訓練していければ良い。



『もう着くよ』



 母さんの声と同時に、呼吸と共に力が漲る感覚が強くなる。〈聖属性魔法〉を使って魔力回復をしているときに似た感覚だ。きっと空気中の魔力の濃度が増したことで、魔力の回復量が多くなっているのだろう。


 そして次の1歩を踏み出した瞬間、世界が変わった。1本の大木を中心に、その周辺の同じ種類の木が円を描くように立ち並ぶ。そこだけが明らかに空気の色が違う。



「綺麗……」


「魔力が濃いと、こんなに青い世界になるのですね」



 リオラの言う通り、魔力の色に染まった空気は青い。空気だけではない。木々も青く染まって、近くを通る川も、木の穴から顔を覗かせた鳥まで青に染まっている。


 今まで俺が魔力を使っていても青を見ることはなかった。つまり、俺が1度に使ったことがある魔力の何倍もの濃度の魔力がここには満ちている。


 青の世界に見惚れていると、何かがしっぽにのしかかってきた。そろそろしっぽの感覚にも慣れてきたけれど、扱いにはまで慣れない。どうにかのしかかってきたものを落さないように振り向くと、望実がしっぽに倒れ込んで荒い呼吸を繰り返していた。


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