旅立ちの朝


 リオラの承諾も得られたから、早速荷造りをした。と言っても誰も大した荷物なんて持っていないから、俺が作ったものを解体して望実が母さんを背負えば完了だ。



「それで次は東西南北どこに行こうか悩んでるんだけど、リオラはどこが良い?」



 夜のうちに母さんが調べた情報によれば、今俺たちがいる場所は北の大陸。他に西の大陸、東の大陸、南の大陸、中央の大陸、そして海上に浮かぶエンペルス・ガーデンがこの世界を形成している。


 ちなみに魔王の城はこの北の大陸の地下にあるらしい。その入り口は検索にもヒットしないようになっているらしくて手掛かりはゼロ。この大陸中を旅して入り口を探しながら力をつけていく他ない。


 ここから1番近い西のサンセトラは山の中の開けた場所にある。土地としては狭いけれど夕陽が綺麗な街として有名で、街全体が緑がかった青色に統一されている。食事は山菜や木の実が中心。


 東のマリアーナは海辺の街で、エメラルドのような美しい海が有名。街全体が暖色でまとめられていて、気候的には4つの街の中で1番温かい土地だ。食事はもちろん海鮮が中心。


 北のスノダルメは1年13カ月のうち少なくとも10カ月は雪が降っているという寒冷地だ。【神の御裾】と呼ばれるオーロラが見えることで有名で、家は全て雪と毛皮でできている。植物が生えない土地だから食事は動物が中心。


 南のサンドランダムは砂漠地帯の中にポツンと存在するオアシスに形成された街。この北の大陸の最南端にあるとはいえ昼間は温かくても夜は極寒になる。周囲が全て砂漠地帯なだけあって星が綺麗に見えることで有名で、食事は野菜と爬虫類が中心。



「サンセトラ以外なら、どこでも大丈夫です」



 少し震える声でそう言ったリオラは、怯えているように見える。1番近いということで第1候補ではあったけれど、コウキがリオラがこの森にいると判断していたことから考えるとリオラが怯えている理由に思い当らないこともない。



「リオラはサンセトラの出身なのか?」


「はい……」



 リオラは俯いた。どんな顔をしているのかは分からないけれど、笑ってはいないだろう。なるべく優しく頭を撫でてやると、少ししてリオラは顔を上げてくれた。目元は濡れているけれど、穏やかな表情にホッとした。



「ありがとうございます。あの、サンセトラは本当に綺麗な夕陽が見られるんです。だから、いつか私が街の人たちに殺されないくらい強くなれたら、一緒に行ってくれませんか?」


「もちろん」


「私も行く!」



 ニヒッと笑った望実がリオラに抱き着いて、嬉しそうに頬擦りし始めた。リオラは戸惑った様子で俺を見上げてくる。普通に可愛い。



「リオラ、嫌なら止めてって言って良いし、嫌じゃなかったら受け止めれば良いんだ」


「は、はい!」



 リオラはゆっくり、恐々と望実の背中に腕を回した。可愛い子たちが抱き合って、もう可愛いしかない。


 可愛いを堪能しながら、リオラが言った言葉を思い返す。リオラは強くなって戻ると言った。ただ逃げることもできるのに、リオラはその選択肢を選ぼうとはしなかった。その心意気は格好良い。俺も何か手を貸してあげたくなる。



「それじゃあ、今は東に向かおう。1番食事が美味しそうだし」


「そうですね。マリアーナの料理について、噂では聞いたことがあります。確か、大きなエビを中央に載せたご飯が美味しいらしいです」


「それは楽しみだな。是非食べてみたい」



 こうして俺たちは東に向かって歩き始めた。先頭は俺、真ん中にリオラ、最後尾が望実、に見せかけて母さんという並びだ。これなら森の中の道でも動物や怪物、リオラを狙う人たちに襲われたらすぐに対応できる。



「リオラの武器も作らないとな。リオラはどんな武器が良い?」


「えっと、エグスは基本的に魔力を増幅させたりコントロールしたりするために杖を使うみたいです。私は持っていたこともないですけど、そう聞いたことがあります」


「へぇ、そうなのか」



 俺は杖がなくてもそれなりな強さの魔法が使えるし、コントロールも問題ない。リオラが命を狙われていることを考えてもアブスにエグスだとバレない方が無駄な戦闘や敵を作らなくて良いから楽なはず。


 そう考えると俺は杖を持たない方が良いだろう。だけどリオラには必要だ。今は持っていないならどこかで調達した方が良さそうだ。



「魔法の杖って手作りできるのか?」


「できますよ。私は話を聞いただけなので実際に作れるかは分からないですけど。杖には材料にエグスの木を使わなければならないので、群生地を探さないと作ることができないそうです。エグスの木は目につくような身近なところには生えていませんから」


「なるほどな」



 マリアーナに着くまでに群生地があればそこで調達するとしよう。早く装備を固めるに越したことはない。



「エグスの人はみんな杖を使うの?」


「うーん、エグスで杖を使わないなんて、御伽噺に出てくる魔王くらいですよ」


「そ、そっかぁ」



 望実はあはは、とぎこちなく笑って、言葉に窮してしまった。純粋に疑問に思ったから聞いたのに、まさか魔王という言葉が出てくるなんて。とか思っていそうな顔を俺に向けてくる。放っておいても可愛い顔が見られそうだけど、ここは助けてやるか。



「リオラは魔法の杖を使わずに、これまでどんな戦い方をしてきた?」


「え? えっと、動物とか、怪物と戦ったことはあまりないんです。その、街から出たこともあまりなくて。いつも本を読んだり、舞台の練習をしていたくらいで」


「舞台?」


「えっと、失敗したら死んでしまうような危険なことを舞台の上でやって、観ている街の人が楽しむんです。私は、ナイフを投げていました」



 リオラはまた顔を伏せてしまった。家族や街の人間から忌み嫌われて暴力を振るわれてきた、俺はそう推測していた。だけどそれは違ったらしい。


 俺には想像もできないような世界がまだまだたくさん存在する。推測の域だけで相手の心情を慮るのはなかなか難しそうだ。


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