逆襲と同行
まずは影から2つの器とムノヴェリを取り出す。ムノヴェリを器に入れたら、手近にあった木の棒を〈聖属性魔法〉で浄化して、それをすりこ木棒代わりにムノヴェリを潰していく。口に入る可能性があるものを作るなら清潔さは大事。
しっかり潰して果汁が出てきたところに、〈水属性魔法〉で毒が薄まらない程度の量の水を入れてとろみを緩める。サラサラになった果汁を〈風属性魔法〉で作った膜に入れれば、ムノヴェリ風船の完成。
これを投げてあの人たちの頭上で破裂させれば、麻痺毒の効果で動けなくなるはず。
「鑑定」
一応〈鑑定〉してみたけれど、コウキがC級、他3人がD級の冒険者だ。けれど全員STRばかり高くてVITやRESの値が低い。リオラとは正反対の数値。きっと暴力を振るうだけで受けることには慣れていないんだろう。
だけどそれなら話は早い。これを浴びれば抵抗する間もなく毒にやられて動けなくなってくれるはず。少しは痛い目に遭って、反省、はしないだろうから、こっちに手を出すのを諦めて欲しい。
『母さん、望実とリオラを起こしてくれ。すぐにここを離れる』
『分かった。朔夜、気を付けて』
3時間もあればそれなりな場所まで逃げることができるはず。リオラが一緒に来てくれるかは分からない。だけどここにいるのがリオラのためにならないと分かった以上、何もしないわけにはいかない。
〈風属性魔法〉を使ってムノヴェリ風船をあの人たちの頭上に飛ばす。
「なんだ?」
「切る」
「待て。あの色は、まさか……」
「お前たち、散れ! ムノヴェリだ!」
コウキが叫んだ瞬間、蜘蛛の子を散らすように4人は東西南北に走り出す。
まあ、逃がすわけがないんだけど。
ムノヴェリ風船は俺の思い通りにそれぞれを追跡する。そしてパチンッと指を鳴らした瞬間、4人の頭上でムノヴェリ風船が弾けた。正確に言えば〈風属性魔法〉が解除されたわけだから、そのままドロッと落ちただけだけど。弾けたの方が格好良いじゃん。
「うわっ、ぐあっ……」
「なっ、あっ……」
4人はバタバタとその場に倒れ込んで痙攣した。上手く口に入ってくれて良かった。上手く入らなかったら、木の実を口に突っ込まなくてはいけなかったし。
だけどまあ、最後にもう一押しくらいしておきたいな。リオラを追いかけたくならないような、そんな一手を。
1番良い手かどうかは分からないけれど、とりあえずまあ、脅しておくか。
「おはようございます」
木の陰から出て行ってにこやかに笑いながらコウキを見下ろした。コウキは震えながらどうにか俺を見上げた。うわぁ、辛そう。
「エ、エグ、ス……」
「ふふっ、安心してください。あなたを殺したりなんてしませんから」
〈闇属性魔法〉で作った影のお面をつけているから、コウキに俺の顔は見えていない。その代わり俺が魔法が使えることがバレたけれど、それは大した問題ではない。
コウキは理解ができないといった様子で眉をピクピクと動かす。麻痺して痙攣しているだけの可能性も捨てきれないけれど。
「今日は言伝があってあなたを探していただけですから。それに、あなたを殺しても私の手が汚れるだけです」
コウキの顔が屈辱的に歪む、のが見たかったんだけど、生憎そんな余裕はないらしい。勿体ないことをしたな。
コウキはただ口をパクパクと動かすだけ。だけどなんとか動きを読み取ってみれば、言伝、と聞き返したいみたいだった。多分だけどね。さすがに読唇術とかは知らないし。
「コウキさん、あなたの妹さんは預かりました。返す気はありませんけど……まあ、どうしてもと言うのでしたら私を追いかけてきてください。殺して差し上げます。ふふっ、大丈夫ですよ。たくさんいたぶって、それから殺してあげますから」
なるべくゆっくり、楽し気に聞こえるように言ってあげれば、コウキは目を見開いた。こんな狂気的な話しぶりをしてやれば、どうでも良いと思っている妹を奪い返そうなんて思わないだろう。別に追いかけて来ても本当に殺す気はないんだけど。
だけどまあ、ここを離れた方が良いことに代わりはない。コウキたち以外の追手が来ないとも限らないからな。
「それでは。ごきげんよう」
影のお面を被っている時点で俺が闇属性のエグスだと思われているはず。それなら他の属性は全く使わない方が今後のためになる。ということで。
「〈影渡り〉」
それっぽい詠唱だけして影に潜ってコウキたちの前から姿を消した。すぐ近くで地上に戻ってからサイシナとウヌギジョウゲを収穫。それからまた影に潜って望実たちがいる丘の傍で地上に戻った。
「ただいま」
「お兄ちゃんおかえり! ねえ、何があったの?」
飛びついてきた望実を抱き留めて、後ろにいたリオラを見据える。リオラはなんとなく状況を察したのか俯いてしまった。
「良いな……」
「ん? どうした?」
「い、いえ!」
リオラが考えていることが読み取れなくて一瞬思考がその解析に持って行かれそうになる。だけど今はそんなことをしている場合ではない。
「実は、リオラのことを探しているやつらがいた」
「え?」
「私を?」
望実が表情を険しくして俺から離れた横で、リオラはポカンと口を開ける。けれどすぐにそれが良い知らせではないことに気が付いたのか顔を曇らせた。いやでも、推測するに良い意味で探しているやつがいるような生活ではなかったみたいだよな。
……ダメだ、乙女の心は読み取れない。
「あの、私……」
「ちょうど俺たちもここを出発しようと思っていて、リオラにどっちの方角に行くか聞きたかったんだよ。一緒に行けば迷わないだろうしな」
どうせここでお別れ、的なことを言ってくるだろうと踏んでリオラの言葉を遮ると、リオラは祈るように両手をギュッと組んで目を潤ませた。
「良いんですか? まだ、一緒にいても……」
「ん? むしろ一緒にいてくれた方が俺としても嬉しいぞ」
「そ、そうですか……」
リオラはポッと頬を赤くして照れ臭そうに笑う。そしてポロッと一筋の涙を流した。
「あぁ、あぁ。何で泣くんだよぉ」
昔望実にしてやったように指でその涙を拭ってやると、リオラはさらに顔を赤くした。そしてそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそありがとうな」
「ふふっ」
リオラの頭をポンポンと撫でてやると、リオラは小さく声を漏らして笑った。こういう可愛いことをされると、リオラが安心して暮らせるようになるまで面倒を見てやりたくなる。
なんだか温かい気分になっていると、突然背中に悪寒が走った。
「お兄ちゃんって……はぁ」
『女殺し』
「は? え? 何?」
俺に冷ややかな視線を送る望実と母さんの言いたいことが分からなくて困惑してしまう。そんな俺に、2人は揃って大きなため息を吐いた。
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