アブスとエグス


 翌朝、日の明るさに起こされた。



『朔夜、おはよう』


「母さん、おはよう。特に異常はない?」


『大丈夫だよ』



 母さんは少し不機嫌に返事をする。きっと一晩中暇で仕方がなかったんだろうな。



「じゃあ、望実たちが起きてくる前に狩りに行ってくる」


『私も行きたい。けど、ここを守らないとダメか』


「ごめん、お願いしても良い?」


『良いってことよ。頑張ってきな!』



 母さんは残念そうにしながらも送り出してくれた。〈念話〉を繋げたままにして、話しながら行こう。


 建物の外に出て、少しひんやりした朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。昨日も思ったけれど、この辺りは空気が美味しい。



『肉は十分にあるから、他に食べられる野菜がないか探したいんだよね。食べられるものか〈検索〉してもらっても良い?』


『了解』



 昨日より少し北寄りの方角に向かって森に入る。木が混みあっていて背の低い植物はなかなか見つからないけれど、木の上には美味しそうな木の実がなっている。そして木の下には大量のきのこが生えていた。



『ヘイ、アズサ!』


『はいよ。えーっと、左端の木がラックリって言う栗みたいなやつ。LUKが1時間だけ5上がるって。右がムノヴェリって、麻痺毒を持ってるブルーベリーみたいなやつだね。ムノヴェリの麻痺毒は3時間程度動けなくなるだけで死にはしないから食べても大丈夫』


『どこがだよ』



 死なないなら大丈夫、という判断基準には突っ込まざるを得ない。動けない間に殺されたら一巻の終わりだ。



『はいはい。その右はラブピーチって催淫作用のあるラズベリーみたいなやつ、その右はトーイスピーチっていう糖度の高い桃だね。これはただ甘いだけ』



 トーイスピーチの説明だけ雑でつまらなそうな口調になった。普通のものに対しての興味を持っていないのが丸分かりだ。母さんは食事もできないから仕方がないのかもしれないけど。



『おっ、トーイスピーチの横のクランベリーみたいなやつがムーボベリーだって。割れて10分後に破片がそれぞれ爆発するってさ!』


『楽しそうで何よりだよ』



 爆弾と分かって楽し気な母さんに少しだけホッとした。母さんはべつになりたくて弓になったわけじゃないから、今の状況に少なからず不満があるはず。それでも俺たちの前であからさまな態度を取らないのは気遣いだと思ったから。優しい母さんは好きだけど、無理はして欲しくない。



『あ、ムーボベリーの下に生えてる松茸的なきのこはニオイダケって、その名の通り匂いだけで味がしないきのこだって。あとラックリの下の大黒しめじみたいなきのこはウマイダケって言う本当に美味しいだけのきのこと、シヌダケって即死級の猛毒を持っているきのこね。見た目は同じだけど、私なら判別も余裕だし採って帰ろう』


『じゃあ、早速収穫するか』



 〈風属性魔法〉を使って毒のないものを収穫する。収穫したものはすぐに〈闇属性魔法〉で包んで影の中に仕舞った。食べる分だけ収穫しながら、何かに使えるかもしれないと思って毒のある木の実ときのこも収穫して影に仕舞った。



『他に何かないかな』


『もう少し北に行ったところにサイシナって小松菜みたいな野菜と、ウヌキジョウゲって胡椒みたいな植物が生えてるらしいから行ってみない?』


『胡椒は欲しいな』



 母さんに案内してもらってサイシナとウヌキジョウゲが生えているというスポットに向かっていると、突然周囲にサイレンが鳴り響いた。咄嗟に木の陰に身を顰めると、俺が隠れた木に矢が刺さった。


 動物用の罠にかかっただけかもしれないけれど、なんとなく嫌な予感がしてそのまま身を潜める。すると大柄の男が3人とスラリとした女が1人現れた。全員夕陽のような色の髪と瞳を持っている。



「チッ、逃したか」


「でもこの速さで逃げたならリオラではないんじゃないか?」


「あの方は耐えるしかできないですからねぇ。逃げるなんて考えることもできないでしょうよ」



 男たちは下品に大声で笑った。ただ狩りをしているだけなら〈闇属性魔法〉で影に潜って立ち去れば良いかと思ったが、リオラの名前が出てくるなら話は変わる。無属性魔法、隠蔽を自分に掛けてそのまま様子を見ることにした。



「黙りな。そうやって高を括っていたから逃げられたんだろ? ちょうどお前たちが見張りの時にな」



 女が鋭く言い放つと、男たちは黙りこくってバツが悪そうに俯いた。どうやらあの女がリーダー格らしい。



「死んでいるなら死体が見つからないのはおかしい。森の中に魔力反応が出ている限り、リオラである可能性は捨てきれない。見つけ次第捕らえて檻に戻せ。抵抗するようならその場で殺して構わない」



 女は魔力反応を知ることができるのか。何かそれらしいものはないか。


 近くを見回すと、ちょうどさっき立っていたところの隣の木に何か迷彩柄の機械が付いている。赤いランプが何度か点滅して、それが消えると青いランプが付いた。どうやらあれが魔力反応を調べる装置らしい。


 よく見れば男の1人が同じくランプがついている機械を手にしている。あれで反応があったか調べられるというわけか。



「だけど、本当に良いんですかい? あの方はコウキさんの妹さんなんでしょう?」


「俺はあいつを妹だと思ったことはない。長だって見た目が珍しいから飼っていただけで、あと5年も経たないうちに教会に売り飛ばして買い取ってもらう予定だったんだ。両親だって厄介払いができるなら何でも良いと思っているさ」


「珍しい見た目でも、エグスなら死ぬしかないからな」


「そういうことだ」



 嫌な話だ。あのコウキという女はリオラの姉らしいが、正直胸糞悪い。リオラがあいつらに見つかればきっと殺されてしまう。それなら早いところ対処してしまった方が良いだろう。


 しかしいくら命を狙っているとはいえ、殺してしまうのは良心がほんの少し痛む。リオラのこれまでの苦しみを思えば本当に小さな良心だが。


 何か策は無いかと考えていると、ムノヴェリが視界に入った。あれは使える。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る