魔法と魔力


 2人はウォーターベッドにそれぞれ腰掛けていた。望実が楽しそうに飛び跳ねるから、空気の膜が破れないようにもう1度〈風属性魔法〉を掛け直した。



「他に欲しいものはある?」


「うーん、大丈夫だと思う」


「了解。リオラは?」


「大丈夫、です、けど……あの、この魔法は一体なんですか? こんな風に自由自在に操る魔法なんて、聞いたことがありません」



 リオラは不安げに俺を見る。そう言われても。俺も考え込んでしまう。


 ふとリオラのステータスに書いてあった〈水の弾丸〉の魔法を思い出す。もしかすると、魔法の使い方は俺のやり方が一般的ではなくて、形式に乗っ取って使うものなのかもしれない。


 そんな仮説だけ立てて、リオラを見つめ返す。俺はこの世界の常識には疎い。リオラと情報を共有して助けてもらえるなら、願ったり叶ったりだ。


 とはいえ俺が魔王であることまでバレてしまうのはあまりよろしくないだろう。それだけは上手く隠し通さないといけない。



「俺は風とか水とか、まあ色々と魔法が使えるんだけど、どれも固有名称のある魔法がないんだ。その代わりにイメージ通りに魔法が操れる、らしい?」



 自分でも正直よく分かっていないことだから断定した言い方も、分かりやすい言い方もできない。けれどリオラは理解しようとしてくれた。少し考えて、こくりと頷いた。



「理解はし難いですけど、サクヤさんが嘘を言っていないことは分かります。だから、その……」


「うん、ありがとう」



 最後は口篭ってしまったけれど、リオラの言いたいことはしっかり伝わった。ついホッとした顔をしたリオラの頭を撫でてしまって、ハッとする。


 望実と同じように接してしまったけれど、出会ったばかりの子にこれは不味かった。慌てて手を離すと、リオラは驚いたのか固まってしまっていた。



「わ、悪い! つい癖で!」


「い、いえ! その、こういうことをされたことが無かったから驚いただけで、嫌ではないです!」



 リオラは勢い余って俺の方につんのめる。肩を抑えて支えてあげると、リオラは恥ずかしそうに目を泳がせた。リオラがここまで自分の意見をはっきりと言ってくれたのは、出会ってから初めてじゃないかな。それがすごく嬉しかった。



「リオラ、ありがとな。お礼にこれをやろう」



 俺は〈火属性魔法〉と〈水属性魔法〉を組み合わせたお湯に〈聖属性魔法〉で疲労回復の効果と美容効果を付けた。それを〈土属性魔法〉で作った湯船に入れればお風呂の完成だ。


 2つの部屋の間に即席で作ったお風呂場には〈水属性魔法〉の湯気で周りから見えないように小細工をしておく。



「お風呂だ!」



 小さい頃からお風呂が好きな望実は目を輝かせる。リオラはあまり馴染みがないようで不思議そうにしているけれど、望実が色々教えてくれるはずだ。こればっかりは俺にはどうしようもない。



「それじゃあ2人はお風呂に入ってゆっくり疲れを取ったら、それぞれ好きな方の部屋でゆっくり休んでくれ」


「サクヤさんは?」


「外を少し片付けたら休むとするよ」


「私も手伝います!」


「大丈夫。どうせ魔法ですぐに終わるから。じゃ、2人ともおやすみ」



 リオラはまだ何か言いたげだったけど、有無を言わさずに部屋を出た。すぐに外に出て〈闇属性魔法〉を解除して自分用の部屋の出来を確認すると、思った以上に透明な壁ができていた。



「大成功じゃん」



 母さんを部屋の中に移動させて中から外を見ればかなりはっきり森の方が見える。これなら敵襲にも備えられる。


 また外に出て、キッチンやテーブルを地中に埋めた。形を残したまま埋めておけば、ここで使いたいときにはいつでも取り出せる。それはさっき実証済みだ。


 影に収納したいところではあるけれど、使った土の分だけ地面に穴が残ってしまうのが難点だ。あまり痕跡を残すのはよろしくない。


 部屋に戻って、自分用にもベッドを作ろうとしたけれど、MPが残り100を切りそうで魔法が使えない。土や水、火、聖属性魔法は出してしまえばそれ以上MPを消費することはない。けれど風や闇属性魔法については形を維持するためにMPを消費し続けなければならない。


 リオラと比べても俺は相当MP値が高い。けれどそれでも消費し続けるには足りていないようだ。


 ひとまず〈聖属性魔法〉で魔法を使うときとは逆のイメージをする。空気中から魔力を取り込むイメージをすると、MPは順調に回復した。


 とりあえず半分ほど回復して早々に自分用のウォーターベッドを作って、それを椅子代わりにして腰かけた。めちゃくちゃ柔らかくて心地良い。



「MPの回復の時って空気中の何かを吸収してる感じなのかな」


『空気中にも魔力が漂っているらしいから、それかもね』


「そうなの?」


『エグスの分類は植物にも該当するんだって。全体の3割程度生えているエグスの植物は、二酸化炭素を吸って魔力を吐き出すから空気中に魔力が漂うって話らしい。エグスの種子からしかエグスの植物は生まれないから、群生地が至る所にあるんだって』



 なるほど、MPの自然回復もそれをゆっくり行っているから可能というわけだ。聖属性魔法によるMPの回復はそれを高速で行っていると考えればイメージもしやすくなる。



『ちなみに。この世界の魔法は詠唱して定型のものを発動させるのが一般的らしいから。属性魔法の適応も多くて2つか3つ。あまり使いすぎないように注意した方が良さそうだよ。それと無属性魔法は消えた魔法。スキルって誤魔化した方が良さそうだよ』


「そっか。調べてくれてありがとう」


『いえいえ。なんせ暇だったから。おしゃべりができないのはつまんない』



 母さんは不貞腐れた声で言うと、わざとらしくため息を吐いた。確かに、元々話好きな母さんには退屈だろう。だけど俺と望実もずっと〈念話〉しているわけにはいかない。どこかに良い話し相手がいれば良いんだけど。



『ま、しばらくは我慢するから良いけど。それで? これからどうするの? 朔夜は賢者になるために冒険者になるんでしょ? でも、そのためにはどこかの街のギルドで登録しなくちゃいけないらしいけど』


「そうだな。近くの街ってどんな場所がある?」


『西に少し行ったところにサンセトラ、東に行くとマリアーナ、北に行けばちょっと遠いけどスノダルメ、南もちょっと遠いところにサンドランダムって街がある。それぞれの詳しいことはもう少し調べないと分からないかも』


「じゃあ、詳しい情報だけ調べてもらっても良い? 明日リオラにも聞いて行先を決めよう」



 明日にはここを発って、どこか街へ向かう旅を始めることになる。リオラがこれからどうするかは彼女次第だ。だけどもし彼女が良いと言ってくれるなら、もう少しだけ一緒にいたい。


 望実も楽しそうだし、リオラが知っていることを教えてもらえるのは有難い。それに何より、妹のように思えて放っておけない。


 それも明日聞いてみよう。とりあえず今は、今を生きることを考えないと。



『私は無機物だからか眠くならないから、見張りはやっておく。朔夜は寝なさい』


「俺は大丈夫だよ」


『ダーメ。いざというときに望実とリオラちゃんを守るのは朔夜なんでしょ? それならちゃんと休んで万全の状態にしておかないと。ね?』


「分かったよ。ありがとう。おやすみなさい」


『はい、おやすみ』



 お風呂に入るのも面倒だ。〈聖属性魔法〉で身体を掃除するイメージをして、そのままベッドに倒れ込んだ。


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