魔法の家


 母さんから〈共有〉でもらった〈念話〉を使って望実に話しかけて、リオラにバレないように俺を〈鑑定〉してもらった。〈鑑定〉するときは目が赤く光るのが厄介だけど、幸い水に意識が向いていたリオラにはバレることなく〈鑑定〉を終えた。


 望実から〈鑑定〉を〈共有〉すると、キッチンのコンロの火を調節するふりをして席を立った。キッチン台に腰かけるように立ってリオラを見据える。リオラ、ごめん。



「〈鑑定〉」



 〈鑑定〉を発動させると、自分のステータスを開いたときのように青い液晶のようなものが現れた。名前はリオラ、種族は人族エグス。


 エグス。それが自分の過去を明かさなかった一因かもしれない。見た目にはアブスもエグスも分からないなら、相手に合わせておくのが無難な手法だ。


 他のステータスも一応確認しておくと、レベルは14、MPは78、HPは257で俺より高い。STRとAGIはF級並みだけど、INTは少し高くて28でE級並み。RESとDEXはB級並みで望実より数値が高い。しかし如何せんLUKが4とかなり低い。


 所有スキルは〈範囲防御A級〉。守りは堅そうだな。魔法は水属性魔法が使えるらしい。俺との違いは魔法に固有名称が付いていること。〈水の弾丸〉は攻撃系の魔法だろうか。魔法操作の中でこれが得意なんだろうか。魔法について後で母さんに聞いてみよう。


 とにかく、リオラは安直に考えても不遇な身の上で、さらに家を追われて森を彷徨っていた。エグスだとアブスにバレれば殺されてしまう可能性もあるから自己紹介も気安くはできない。攻撃系のスキルもなくて、魔力量もかなり低いから戦うのも一苦労、といったところか。


 最悪彼女が俺たちの敵だったとして望実に危害を加えるなら、俺が相手になれば良いだけのこと。ステータスを見ただけでは勝負の行く末までは分からないけれど、望実のためなら俺は負けない。


 ひとまずリオラがアブスでないことが分かっただけでも収穫があったとしよう。早速魔法を使って皿洗いを済ませてしまおうかな。お皿にこびりついた頑固な汚れを洗うのはこの世界ではまだ難しいから。


 そう、今はこれまで普通に使っていた食器用洗剤すら持っていない。ならばどうするか。さっきふかし芋を作ったときに残しておいたチノイモの煮汁をもう1度沸かして、その中に食器を落とす。スポンジもないから、木を伐採したときにゲットした厚手の葉っぱを代わりに活用する。これがなかったらしっぽを使ったかもしれないし、葉っぱに感謝だ。


 チノイモは普通のジャガイモより格段に灰汁が出る。それはすなわち、界面活性剤の効果が強いということ。長期保存はできないけれど、手近に使えるものがあるのは有難い。


 ちなみに煮汁は沸点近くまで沸かし直しているから、風属性魔法で手袋を作るのが必須だ。多少分厚めに作っておかないと意味がないから、やってみたい人は気を付けた方が良い。


 それぞれ汚れを落としたら水属性魔法で出した水球の中に入れてしまって洗う工程は完了。それから水球を割って風属性魔法で一気に乾燥させたら、影に収納してお終い。



「あ、あの!」



 皿洗いを終えて一息ついていると、リオラが俺を呼んだ。真っ直ぐな目は何か言いたげで、俺の方からテーブルの方に戻った。



「どうした?」


「えっと、サクヤさんは、エグスなんですか?」


「そうだよ」



 何やら深刻そうにしているから、安心させようとなるべくあっけらかんと答える。リオラは理解できないと言わんばかりに俺を見つめる。



「それがどうかしたか?」


「エグスは、アブスに殺されるんですよ? 私が、サクヤさんとノゾミさんを殺すかもしれないとは、思わないんですか?」



 リオラの声が、身体が震える。殺されかけた経験がある、ということか。



「うーん、考えなくはないさ。だけど、もしリオラが俺たちに敵意を向けるなら、俺は望実に手出される前にリオラを排除するだけだから」



 俺の返事にリオラの瞳が揺らいだ。まあ、無理もない。堂々と殺害宣言をしたわけだし。リオラはジッと考え始めてすぐにかぶりを振った。



「ゴブリンに負けるような私が、勝てるわけないですね」


「完敗ではないさ。リオラには死なないだけの力があったんだから」


「私は……そうですね。STRもAGIも、LUKすらないですけど、RESとDEXはあります」



 リオラはそう言いながら自嘲するように笑う。誇って良い強さを持っているのに、それを嘆く理由は1つしか思い当たらない。深く聞くのは野暮だろう。



「サクヤさんとノゾミさんは冒険者なんですか?」


「いや、住所不定無職だ」


「はい?」



 リオラはキョトンとして首を傾げた。もともと目元はぱっちりしているから様になっている。あとはこの手入れが行き届いていないパサついた髪をどうにかできれば。



「家も仕事もないんだ。放浪していて、今日この森に着いた」


「そう、なんですか」



 そんなに哀れんだ顔をされても。いや、俺たちは1度死んでいるわけだし、かなり哀れな身の上なのかもしれないけど。だけど死んでなお家族3人一緒にいられるんだから悪いことばかりではない。



「ま、今後の身の振り方はお互いじっくり考えようか。とりあえず今日は寝よう」


「はい。えっと、それじゃあ、おやすみなさい」



 リオラはそう言うとその場に寝転がろうとする。きっとこれが野宿の定番スタイルなんだろうけど、望実やリオラのような可愛い子にそんなことをさせたくはない。



「リオラ、ストップ。家を建てるから待ってて」


「はい?」



 またキョトンとするリオラを安心させるように笑いかけて、地面に手を着いた。まずは三色団子のような形をイメージして、〈土属性魔法〉で土製の5cm程度の高さの土台を作る。



「これは……」



 リオラが驚きの声を漏らしてくれる。これは結構嬉しいかもしれない。


 次に〈水属性魔法〉で土台の丸のうち2箇所に外壁と天井代わりの膜を張る。折角土台が丸いから、ここも丸みを帯びた形にしてみた。もう1箇所の土台の上には〈火属性魔法〉を組み合わせて沸騰させながら膜を張る。なるべく不純物を取り除く必要があるからな。


 次に水の上から〈闇属性魔法〉をかけて、水を凍らせていく。この時のポイントは、沸騰させた方は闇の厚さを薄くすること。こうすればここだけゆっくり凍ってくれる。ここの整備は後回しだ。


 あっという間に完成した2部屋の方は水を空気に閉じ込めたベッドを置く。クッションの応用だ。他に必要なものがあれば言ってもらうとして、ひとまず寝床は完成だ。



「よし、とりあえず2人の部屋はできたから入ってみてくれ」


「はーい!」


「え、えっと、あの……」


「ほら行くよ、リオラ!」



 リオラは何やら戸惑っていたけれど、望実にグイグイ手を引かれて中に入っていった。俺も1度もう1部屋の〈闇属性魔法〉を解除して不純物が混じった水を排出する。そしてもう1度〈闇属性魔法〉をかけ直してから2人を追った。



『見張りは私が続けておくよ』


『ありがとう、すぐ戻るよ』



 見張りは母さんに任せておけば大丈夫だ。


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