マリンブルーの少女


 どうにか昼食と違うメニューにしようと考えたけれど、結局似たようなメニューになってしまった。チノイモだけはじゃが塩からふかし芋に変えたけれど、味は大して変わっていない。


 肉を焼きながら、キッチンから離れたところでさっきのゴブリンや望実と母さんが倒した動物の解体をしようと影から取り出した。肉は母さんが見ていてくれるから、呼ばれたら戻れば問題ない。


 先に母さんに調べておいてもらった情報を元にゴブリンの解体をしてみる。因みにゴブリンは怪物に区分される。同じゴブリンでも人族と同じように魔力を持つものと持たないもの、エグスとアブスに分けられる。


 さらに調べてもらうとノーツウサギを始めとした動物にもその分類があるらしい。さっき解体したもののうち、あの青い宝石のようなもの、魔石を持っていたものがエグスに分類される。


 人族の中でもそれは同じらしいから、きっと俺の体内にも魔石があるのだろう。魔石を持つものは魔力に惹かれる。他のエグスの魔石や青っぽい血のようなもの、魔液を体内に取り込むことでMPを上昇させる。俺が本能的にあの魔石や魔液を欲したのもそういうわけだった。


 ひとまず何かあったときのために魔石と魔液は保存しておくことにした。MPを、というよりあれを取り込む決心がつくまでは。とりあえず。



「よし、やるか」



 ゴブリンを解体した後、街で素材として買い取ってもらえるのは尖った耳と鼻、そして長い舌。だけど知られていないだけで、実は余すところなく利用することができるらしい。革は緑色のしなやかな装備に、歯は細石代わりに、肉と内臓はタレで漬け込んで他の動物や怪物をおびき寄せる餌に。


 いただいた命はせめて最大限活用してやりたい。俺はそれぞれ解体した状態で影に仕舞い込んだ。タレは材料を集めないことにはどうにもならない。ちなみにこの個体はアブスだった。


 一緒に解体した動物、ノーツウサギ3体と牙の長いバキリス2体も全てアブス。それぞれ食材用に切り分けた。そしてバキリスの牙は加工してお守りとする風習があるらしく、そこそこの値で取引されるらしいから丁寧にしまっておいた。バキリスもF級と弱いけれど、とにかくすばしっこくて捕まえられないから貴重なんだとか。



『朔夜、肉がもう良い感じだよ』


「ありがとう」



 ナイフも仕舞ってキッチンに戻ると、確かに良い焼き加減だ。石製の皿にふかし芋と一緒に盛りつけて、テーブルで待つ望実とリオラの前に並べた。



「はい、ノーツウサギの塩焼きとふかし芋だ」


「ふかし芋、ですか?」


「ああ。チノイモをふかして塩を振ったんだ。悪いな、味付けに使えるものが塩しかなくて」


「いえ。とても美味しそうです」



 気を遣ってくれたのかとも思ったけれど、リオラからはただ素直にそう思ったんだと伝わってきた。焼いて塩を振っただけの肉を前にしてそう思えるなんて、と深く考えそうになって止めた。俺の立ち入るべきところではないかもしれないからな。



「じゃ、いただきます」


「いただきます!」


「空へ、海へ、大地へ。尊き命に祝杯を」



 リオラは手を組んで目を閉じるとそう呟いた。



『〈検索〉。いただきます……ああ、あれがこの世界のいただきますなんだね。八百万の神に近い思想が根付いているんだって』


「なるほど」



 俺たちもそうした方が良いのかと思ったけれど、言葉は違えど気持ちは同じ。今まで大切にしてきた文化を止めるには抵抗があって、今まで通りの挨拶で良いかと思った。この世界の理が大切なら、俺たちが生きてきた世界の理も同じくらい大切なはずだから。



「お兄ちゃん、ふかし芋美味しい」


「そうか? 良かった」



 特に何か気にする様子もない望実を見ていると肩の力が抜けてホッとする。リオラはまだ緊張しているのか、恐る恐るふかし芋を口に運んだ。



「美味しい、です」



 リオラは目が零れそうなほど見開いて呟いた。



「そうか。どんどん食べてくれ」


「はい!」



 目を輝かせてパクパクと次々に口に運ぶ姿は微笑ましくて、だけど芋に塩を振っただけのものでここまで喜んでくれるなんて、今までどんな食生活をしていたのかと不安にもなる。


 食事を済ませて食器をとりあえず積んでおく。できれば早急に洗ってしまいたいけれど、おおっぴらに〈水属性魔法〉を使ってバレてしまうのはあまりよろしくない。


 〈水属性魔法〉を影の中で発動させて、こそこそとコップに水を注ぐ。リオラの意識が望実に向いた瞬間に影からコップを取り出してリオラに渡すと、リオラはごくごく飲み始めた。一安心して3人でテーブルを囲む。母さんは森の見張りを兼ねて少し高い岩場に立て掛けた。



「さてと、リオラ。もし良かったらなんだけど、どうしてあんなところに1人でいたのか教えてくれないか?」


「それは……」



 リオラは明らかに動揺した。過去に何かあります、と言ってしまっているようなものだけど、深入りされたくないならこの辺りで引いておこう。



「もちろん話したくなければ良いんだ。そうだな、今日泊まるところは?」


「えっと、野宿しようかと……」


「えぇ? 危ないよ。一緒にお泊りしようよ」


「いや、でも……」



 望実はリオラの手を握って引き留めようとする。確かに1人で野宿させるのは危ないけれど、俺たちも泊まる場所があるわけじゃない。その用意をするには魔法を使う必要がある。そうなればリオラに俺がエグスであるとバレてしまう。


 リオラにバレても大丈夫なのかは分からない。リオラが悪い子ではないのは分かるけれど、秘密を抱えている人間に秘密を明かすリスクは大きい。信用できるか確かめる手段でもないかな。


 俺が机の陰で無属性魔法のリストをチラ見しながら考えている間に、望実はリオラを引き留めようとしている。リオラは遠慮しているけれど、望実は一切引く気がない。


 望実は案外頑固なところがあるから。欲しい物があるときに駄々っ子になるのも結構可愛くて好きだ。母さんは困ってたけど。



「わ、分かりました! 一緒に泊まりますから」


「やったぁ!」



 リオラがついに根負けすると、望実は満足そうにガッツポーズした。リオラは困ったような顔をしているけれど、どことなく嬉しそうだ。望実もリオラと話すのは楽しそうだし、リオラが望実にとってこの世界で初めての友達になってくれそうだ。


 2人の様子を見ていると、ふと望実のスキルを思い出した。たしか〈鑑定〉を持ってるって言っていたような。望実に見てもらえば。


 いや、ダメか。折角良い友達になれそうなのに、こちらから勝手に覗き見してしまうのはよろしくない。望実は特に顔に出やすいし、黙ってもいられないだろう。



『朔夜』



 他の手は何かないかと思っていると、頭に母さんの声が響いてきた。



『どうしたの?』



 リオラに変な人だと思われないようにこっちからも〈念話〉で返すと、母さんは驚いた声を出した。きっと人間の身体があったら目をガバッと見開いているはず。その後にドライアイのせいで乾いた目を抑えてもがくところまでがワンセットだ。



『え、朔夜は〈念話〉の魔法も持ってるの?』


『いや、母さんのスキルを自分に〈共有〉しただけ。見たものとかやられたものは共有できるみたいなんだよね』


『あらまぁ、便利ねぇ』



 母さんは一般的にイメージしやすい近所のおばちゃんの真似をして、ほへぇと感心している。母さんの昔からの鉄板ネタだ。



『それで、どうしたの?』


『なんだったかしら……あ、そうそう。リオラのこと、望実に〈鑑定〉してもらえば良いんじゃないかと思ったのよ』


『いや、それは……』


『そう、私も悩んだの。でも今解決したわ。望実が朔夜を〈鑑定〉して、朔夜がそれを自分に〈共有〉してリオラを〈鑑定〉する。それでどうだ!』



 デーンと効果音が付きそうなほど意気揚々と言う母さんの提案に、俺はふむ、と考える。確かに、それがベストかもしれない。


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