魔力制御と魔石と魔液


 突然のことに一瞬思考が停止した。けれどしっぽをキュッと握る望実の手の温かさにハッとして、すぐに望実を抱きかかえた。



「あ、あの、ノゾミは、どうしたんですか?」


「分からない。ひとまず向こうで休ませてやろう」



 近くの木陰に連れて行っておでこに触れる。おでこはひんやりとしていて、熱ではなさそうだ。



「望実、今、どこが具合悪い?」


「なんか、気持ち悪い……」



 うぅっと声を漏らす望実の姿が、過去の何かと重なる。あれは何だった? いつのことだった?


 ジッと記憶を漁っていると、1年ほど前のことを思い出した。確かあの日は母さんが中学の同窓会に参加していた。帰ってきた母さんはフラフラしていて、何度も気持ち悪いと訴えながら俺に抱き着いてきたんだっけ。



「酔っぱらい?」



 今の望実はお酒を飲んでフラフラになった母さんそっくりだ。だけど望実はお酒なんて飲んでいない。朝食には生でそのまま食べられるトーイスピーチを切って食べていたけれど、あれはただ甘いだけで他に効果はないはず。



「あの、サクヤさん」


「どうした?」


「その、もしかするとノゾミは、魔力酔いかもしれません」


「魔力酔い?」



 聞いたことがない言葉に首を傾げる。酔いというのだから、酔っぱらっていることで間違いはないと思うけど。



『魔力酔いとは、魔力に対する耐性の低いものが魔力を浴びたときにおこる症状である。水か魔力の少ない空気で中和させることが効果的。へえ、魔力の処理も肝臓がやってるんだって』



 母さんの関心は今はとりあえず置いておく。とにかく中和のために魔力の少ない水か空気が必要だ。



「魔力酔いなら中和に水か空気、だよな?」


「はい!」


「なあ、魔法で出した水には魔力が多いのか?」


「いえ。そのものを出すために魔力を使うだけなので、水や空気には魔力はほとんど含まれません」



 それなら話は早い。あの魔力に染まった青い川の水を飲ませるより、俺の魔法で出した水を飲ませる方が簡単なことだ。


 影に入れておいたコップを取り出して、そこに〈水属性魔法〉で水を注ぐ。



「嘘だろ」


「そんな……」



 俺が出した透明な水は、魔力に満ちた空気に触れた瞬間に青く染まってしまった。これでは望実の体内の魔力を中和することはできない。〈風属性魔法〉で作った膜の中で水を入れても結果は同じ。ここでは全てが青に染まる。



「仕方ない。すぐに材料を調達してすぐにここを去ろう」


「はい! ですが、どうやって?」



 木の1本1本は中央の大木ほどではないにしても、2人で腕を回しても足りないくらいの太さがある。普通にやればかなりの時間が掛かるだろう。


 だけどここには膨大な魔力がある。望実が酔ってしまうほど、そしてこの辺り一帯を魔力に染め上げるほどの魔力。これを上手く使うことができれば、可能性はある。



「リオラ、ここから離れていてくれ。望実のことを頼む」



 リオラに望実を預けて、魔力が少ない場所まで離れていてもらう。念のため一帯に〈聖属性魔法〉で結界を張った上で〈聖属性魔法〉で魔力を体内に取り込み始める。そして、体内に激流のように流れ出した魔力の操作に集中する。


 膨大過ぎる魔力に右胸がキリキリと痛む。ここに俺の魔力が多く集められていることが分かる。昔耳があったところと今の耳の付け根、そしてしっぽの付け根にも軋むような痛みを感じる。


 右胸の痛みが破裂しそうなほどに強くなる。これ以上は不味いと本能で感じる。だけどこんな魔力量じゃ、全然足りない。本能的にそう分かる。



「仕方ないか」



 腹を括って影から魔石と魔液を集めたコップを取り出した。魔石と魔液がそれぞれ5つ。魔液を飲み干して、魔石を丸呑みにする。体内の魔石がドクリと跳ねる。さっきまで感じていた激流の波を少しだけコントロールすることに成功した。


 とはいえ全て最低ランクであるFランクに分類されるノーツウサギとゴブリン。これだけではまだ足りない。


 もしかしてと思ってさっき倒して影に収納したロフボアを手早く解体する。初めての獲物ではあったけれど、初めてノーツウサギを解体したときよりは手早く解体できた。解体スキルのおかげだろうか。


 ロフボアを解体すると解体スキルが久しぶりに1上昇した。まだまだD級相当とはいえ、何もない状態よりずっと良い。


 案の定こんなに魔力が溜まっている場所の近くにいた動物はエグスで、しかも他の場所にいる動物よりも保有している魔力の色が濃い。群青色の魔液と魔石に喉が渇く。


 欲望のままに魔液を飲み干して魔石を丸呑みにする。すると体内の激流を凪のように穏やかな流れにコントロールすることに成功した。


 そこまで大幅にMPが増えた様子もないけれど、これならあの中央の大木以外ならどれでも切り倒せてしまう気がする。



「〈土属性魔法〉、〈火属性魔法〉」



 胸から頭の先ほどまでの刃渡りがある鋭い斧を形成する。属性名を詠唱しながらイメージすれば、その練度も高まるという。実際、今持っている刀よりも細部までイメージが反映されている。



「〈風属性魔法〉、〈水属性魔法〉、〈闇属性魔法〉」



 風の刃と氷の刃を纏わせて、今できる最強クラスの斧を構える。目の前の俺の腕を回したよりも太い木に向かって、バットを振るように全力で振りかざす。


 するとメキメキ、バキバキと音がして木が割けた。そのままこちらに向かって倒れて来た木を飛んで避けて、地面と衝突する瞬間に影に収納した。



「よし」



 目的も達成したことだし、すぐに望実とリオラと合流しよう。そう思って身体の向きを変えた瞬間、嫌な視線を背中に感じた。咄嗟に振り向いて相手を確認すると、雪のような白い毛並みを持った大きな犬が茂みの向こうで俺に向かって牙を剥いていた。


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