ウルフとフェンリル
母さんがいない今、対峙して分かることは結界を破るほどの相手だということだけ。何を怒っているのかは知らないが、俺としては望実の体調が心配だ。それにリオラは武器を持っていない。今2人が襲われていたらと思うと気が気ではない。
「悪いが、そこを通してもらいたい」
「そうはさせませぬ。我が息子へのあのような仕打ち、見逃しはせぬぞ」
「息子? なんの話だ」
俺が聞き返すと、犬はさらに苛立ったように唸り声を上げる。
「白を切るつもりか、小僧!」
腹に響く声で唸りながら話すから聞き取りずらい。少しは落ち着いて話してもらいたい。
でもできればその前に。そんな状況じゃないから何も言わないでいるけれど、俺が犬と話せている意味が分からない状況にツッコませて欲しい。〈無属性魔法〉の〈言語理解〉を使っていないのに、何がどうしてこうなっている。
「たかがウルフの小僧の分際で……我らフェンリルに対する狼藉、後悔させてくれよう」
「いや、だから何の話だ」
「小僧……貴様ッ! 〈水龍〉!」
犬、いやフェンリルがそう叫んだ瞬間、水の龍が俺に向かって猛スピードで突っ込んできた。横に飛んで避けると、向きを変えた龍はまたこちらに突っ込んで来る。
さっき斧を作ったからMPは残り4。火球の1つも出せやしない。
「〈聖属性魔法〉」
魔力を体内に取り込むイメージで魔力回復。これでMPは残り1。だけどここでなら普段以上の回復力が見込めるはず。長期戦対策の先行投資としては申し分ない選択だ。
さて、これからどうするか。手に持っているのは水、風、闇の三属性の効力が切れたバカでかくて重たい斧だけ。いつもとは勝手が違い過ぎて戦いづらいことこの上ないが、これで戦う他に術がない。
再度突っ込んできた龍を目掛けて斧を振り下ろす。しかしあまりの重さに重心がブレて狙い通りに当たらない。龍には軽く避けられて、すれ違いざまに俺を弾き飛ばそうとしてきたしっぽをどうにか躱した。
元から動体視力は良い方だったけれど、ウルフ族になってからよりよく見切れるようになった。見えるのに、身体が上手く動かなくてもどかしい。
「小僧。素直に認めるが良い。我が息子をその斧で襲ったと」
「いや、俺はこの斧でまだそこの木しか切ってないぞ」
「戯けが」
今度はフェンリルがその身で突進してくる。反対からは龍が迫って来る。全力で横に飛んだが、フェンリルはすぐに方向転換して俺に嚙みつこうと大口を開けた。
「ふっざけんな!」
俺は地面を強く蹴り飛ばして再度横に飛ぶ。
冤罪で食われるとか、意味が分からない。早く望実たちと合流したいのに。
フェンリルと龍は絶えず俺に向かって来る。攻撃手段がない以上避けることしかできないけれど、正直に言えば体力がキツイ。休む暇もなく避け続けるなんて、今まで練習したことがない。あとMPが足りなくて斧を影に収納できないから、これも結構邪魔。
それにこのフェンリル。誤解されたまま殺されるのも嫌だが、誤解したままのコイツを殺すのは気が引ける。俺の場合は妹だけど、コイツが息子を思う気持ちが分からないわけでもない。
「なあ、話を聞けって」
「黙れ!」
「マジで俺じゃないんだって!」
「では誰が我が息子を手負いにしたと言うのか!」
「知らねぇよ!」
俺が叫んだ瞬間、フェンリルは静かに、大きく飛び退いた。大木の前で毛を逆立てる。そして言葉にならない咆哮を森中に響かせた。
「〈水龍〉」
フェンリルが再度詠唱をすると、龍が倍の大きさに成長した。そしてまた俺に向かって突っ込んで来る。普通に飛んでも避けられない。こんなの、迫って来る壁から逃げろと言われているのと同じだ。
避けられない。それなら、迎え撃つまで。
「やってやるよ」
できるかどうかじゃない。やるしかない。
俺は斧を持つ手に力を込めた。龍の蛇行する動きを読む。狙うは鼻先。重たくて振り回せないなら、いっそ迎え撃ってやる。
龍は真っ直ぐ俺に向かって突っ込んで来る。俺はゆっくりとその鼻先に斧を突きつけた。斧にぶつかった龍はそのまま割けていく。しっぽの先まで真っ二つに切れた。
まさかこんなに上手くいくなんて。逆に怪しいと思ってすぐに振り返ると、案の定龍は元気にうねっている。しかもさっきまでの通常サイズが2匹。面倒だ。
「小僧、それだけしか力を持たない貴様が、このフェンリル族に敵うと思うなど、思い上がりも甚だしいわ!」
フェンリルが吠えると、また龍がこちらに向かってくる。切っても無駄。1匹避けてももう1匹にやられてデッドエンド。
「万事休すか」
MPは回復しても32。倍速で回復してくれるとはいえ、まだ心許ない。だけどそうも言っていられない。
「〈闇属性魔法〉!」
突っ込んで来る龍に向かって思いきり叫ぶ。闇に飲まれた1匹はバリバリと凍り始めて動きを緩めたが、もう1匹は止まらない。やっぱりMPが足りなかった。
MP切れで視界がぼやけて足元がふらつく。ここまでかと思った瞬間、俺の目の前に何か白い物が飛び込んできた。
「待って! やめて!」
「息子よ! 何をしている! その小僧は……」
「違う! この人じゃない!」
この白くて秋田犬みたいなフェンリルがあのフェンリルの息子で、俺を庇ってくれているのか。
そこまで考えたけれど、もう体力の限界だった。
望実は、リオラは、大丈夫だろうか。
2人の顔が脳裏に浮かんだけれど、そのまま視界がブラックアウトした。
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