出会い別れ旅立つ


 ふわふわした何かに包まれている感覚がして、まどろみの中でホッと息を吐いた。日向に干したタオルに包まれている気分だ。


 まさか、また死んだのか。


 なんてことが一瞬頭をよぎったけれど、その瞬間にザラザラとした生暖かいものが頬を這った。普通じゃない状況らしいと気が付いて慌てて飛び起きると、目の前にさっきのフェンリルがいた。



「目が覚めたか」


「お、前は……」



 距離を取れ。脳内に危険信号が鳴り響いて勢いよく立ち上がった瞬間、頭がぐわんと揺れて地面に膝をついた。



「すまなかった。全て息子に聞いたのだ。我が間違っていた」



 フェンリルはそう言うと伏せの体勢になる。これはこれで土下座されているみたいで気分が良くない。



「大丈夫だから、頭を上げてくれ」


「しかし……」


「一応俺も怪我はしていないからな。大丈夫だ」


「そうか。小僧、お主は心優しいんだな。ウルフ族とは思えぬ」



 フェンリルは少し戸惑ったような声で小さく鳴いた。ウルフ族の評価はあまり高くないのかもしれない。



「ウルフ族といえば獣人族の中で最強クラスの身体能力を持っているから、プライドが高くて周りを見下している人も多いんだよ」


「へぇ、そうなのか……って、え?」



 後ろから聞こえた少し甲高い声に驚いて振り向くと、秋田犬くらいの大きさの真っ白なフェンリルがいた。大きい方のフェンリルよりも毛並みがふわふわしていて、触れば気持ちよさそうだ。



「もしかして、さっき庇ってくれた?」


「うん! えっと、ボクが斧を持ったアブスの人間に襲われて怪我をしちゃったから、お母さんが怒っちゃったの。斧を持っていたからって、何もしてないのにお兄ちゃんに攻撃をしちゃって、ごめんなさい」


「え? お母さん?」



 子を思う親の気持ちに近い物は俺の中にもあるから、そこに関して暴走してしまうのは理解できる。でもまさか、お母さんだったとは。てっきりお父さんかと。



「驚くのはそこか。まあ良い。我は名こそないが、〈神速の御使い〉の称号を持つ、れっきとした神の使いの職に就いている。ステータスもかなり高い自負がある」



 大きい方のフェンリルを〈鑑定〉してみると、確かに強い。HPは10万近いし、MPも俺の10倍はある。平均ステータスもS級。こんなのを相手にしてよく俺は生きていたと思う。



「ああ、お主は数字に表れない強さを秘めておる。我と戦い生きていることを誇ると良い」


「ああ、ありがとう」



 なんとなく上から目線だけど、格上相手に突っ込むことなんてできないよな。



「ふむ。それはすまないな。しかしそれを言うなら、お主も格上の我に敬語を使わんのはどうかと思うがな」


「は?」



 さっきからなんとなく気になってはいたんだ。俺が考えていたことにも返事してくれるなって。めちゃくちゃ察しの良いやつだな、くらいに思っていたんだけどな。


 これは、完全に心を読まれている。



「ああ、すまない。だが鑑定したなら分かるだろう? われらフェンリル族の固有スキル、〈読心どくしん〉だ」



 確かに大きい方のフェンリルのスキルには〈読心〉がある。そして〈変化〉と〈神速S級〉と続く。〈神速S級〉はさっき言っていた〈神速の御使い〉というのと関係があるのだろう。



「なるほどな。まあ、今回はお互い様ということにしておこう」



 俺としてもいきなり襲われたのに敬語を使う気にはなれない。後ろから小さい方のフェンリルが俺にすりすりとすり寄ってきた。やっぱりふわふわもふもふで癒される。


 癒される……癒されると言ったら望実。望実と言ったら魔力酔い。魔力酔いと言ったら空気か水で中和させる必要がある。


 脳内でセルフ山手線ゲームが始まって、やってしまったと焦る。時計があるわけじゃないから正確な時間は分からないけれど、きっと随分待たせてしまっている。そろそろ合流しないと。



「なあ、俺は連れが待ってるからそろそろ行こうと思うんだが、最後に1つ良いか?」


「なんだ?」


「息子くんの方なんだけど、怪我は大丈夫なのか?」


「ボク? 聖属性魔法が使える兄さんに傷は塞いでもらったから、血は出ないよ」


「痛みは?」


「……実はね、まだちょっとだけ痛いんだ」



 小さいフェンリルは少し口籠もると、耳を垂らして項垂れた。そんな状態で俺を助けようとしてくれたんだな。ありがとう。



「ううん! ボクのせいでお兄ちゃんが傷つくのは嫌だから」


「そうか。君は優しいんだな」



 守ってくれたお礼に。



「〈聖属性魔法〉痛いの痛いの飛んでけ」



 聖属性魔法で痛みを消すイメージをしながら、特典ということでおまじないもかけてやる。こっちは命を救われたんだ。これくらいの恩返しはさせて欲しい。



「ふむ。我への態度とは随分と違うな」


「悪いな」


「いや、他に我にそのような口を利くものはいないからな。案外楽しませてもらっている」


「そうか。じゃあ、また会ったらその時はよろしくな。フロス」


「フロス、とな?」


「ああ。やっぱり名前がないと呼びづらくてさ。雪みたいに白い毛をしているから、フロス。どうだ?」


「ふむ」



 フロスはジッと考えると、フッと口元を緩めた。



「気に入った。よもや390歳を目前にして名を得るとはな。サクヤ、感謝する」


「気に入ったなら良かったよ。それじゃあ、またな」


「もう行くのか?」


「ああ。妹たちが待っているからな」


「そうか。最後に頼みがあるのだが……」



 立ち去ろうとした俺をフロスが呼び止める。そして俺の足元には小さいフェンリルが甘えるようにすり寄ってくる。面倒な予感。



「我が息子は種族の掟に従って旅に出る年頃なのだ。サクヤは強い。そしてその胸には高い野望を秘めておる。きっとこれから先、我以上の敵を相手取ることもあるのだろう。そこでなのだが。どうだろう、我が息子を旅の仲間に入れてやってくれぬか?」



 やっぱりか。正直魔王だ、勇者だと秘密を抱えている状態で、こんなに強い種族を連れて歩いて目立ちたくはないのだが。



「大丈夫だ。我らフェンリル族は〈変化〉が使える。それで人間に化ければ良い」


「なるほどな」



 それなら良いか。



「まあ、〈変化〉はレベルを30まで上げなければ使えないがな」


「おい」



 小さいフェンリルを〈鑑定〉して見れば、レベルはまだ18。これは先が長そうだ。



「まあ、それまでは俺の〈隠蔽〉でどうにかするか」


「それじゃあ!」


「ああ。一緒に行こう。サラン」


「サラン?」


「ああ。君の名前だ。ケサランパサランってふわふわした見た目の鉱物みたいな毛並みをしているからな」


「サラン……サラン! ボク、サラン!」



 嬉しそうにピョンピョン跳ねるサランを、フロスは愛おしそうに、そして寂しそうに見つめていた。俺も望実が独り立ちするなんて言ったら、こんな顔になっちゃうんだろうな。



「フロス。サランのことは任せろ。また元気に里帰りさせるからさ」


「ああ。頼むぞ」



 フロスはそう言って、最後にサランの顔をひと舐めした。そしてその場に小さな水溜まりを遺して飛び去って行った。ジャンプ1回で森のかなり奥地まで飛んで行った。流石にS級は跳躍力も馬鹿にならない。



「お母さん……」


「サラン。今日から俺たちは仲間だ。よろしくな」


「うん!」



 泣きそうなサランの頭を撫でてやると、サランはまだ少し辛そうではあるけれど笑ってくれた。


 さて、そろそと本当に行かないと。俺は足元の影を通路に変える。1人と1匹。一瞬で影に潜った。



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