人とウルフと弓とフェンリル


 サランと一緒に影から飛び出すと、リオラがパッとこちらを振り向いて臨戦態勢を取った。望実を背後に庇って、手には太い木の枝を持っている。武器としては微妙だけど、何も持っていないよりはマシだったのだろう。



「リオラ。俺だ」


「サ、サクヤさん! 無事で良かったです!」



 パッと胸に飛び込んできたリオラを受け止めて軽く頭を撫でてやる。心配ばかりかけてしまって申し訳ない。



「心配かけてごめんな。それで、望実は?」


「あっ、えっと、少し落ち着いてきましたよ。でも、まだ気分は悪そうです」


「そっか。じゃあ、とりあえず水を飲ませてやるか。望実、起きられるか?」


「う、うぅん……」



 望実が寝起きのときのぽやぽやした顔で身体を起こす。目をくしくしと擦って愛らしい姿を見せてくれたけれど、頭が痛いようですぐに蹲った。



「頭痛と吐き気以外に症状は?」


「んー、多分ない」


「分かった。それじゃあとりあえず水を飲んで」



 〈水属性魔法〉で水を出して影から出したコップに注いだ。望実は素直にそれを受け取ると、コップを両手で持ってゆっくりと飲み始めた。俺は後ろから支えてやりながら望実の艶やかな黒髪を撫でた。



「ねえ、サクヤお兄ちゃん」


「どうした?」



 サランが鼻先でツンツンと俺の肩をつつく。日の光の良い香りが俺の周りで揺らめいて心地良い。



「この2人は?」


「ああ、紹介してなかったな。この子は俺の妹の望実。こっちは旅の仲間のリオラだ。望実、リオラ。こいつはサランだ。これから一緒に旅をすることになるからよろしく頼むな」



 サクヤは望実とリオラにも鼻先で触れて、挨拶を交わした。2人は戸惑いながらもサランのことを受け入れてくれたし、特に問題はなさそうだ。



「ノゾミお姉ちゃんはサクヤお兄ちゃんの妹、なんだよね? なんでアブスなの?」


「分かるのか?」


「うん。僕たちは魔力が分かるから。あるかないかも、多いか少ないかも分かるよ」



 神の使いに選ばれるだけの類稀な才能を持ち合わせている種族ということか。とはいえフロスはその中でも上位にいるから選ばれるに至ったんだろうけど。



「ちなみに俺の魔力量ってどのくらい?」


「ウルフ族にしては少ないと思う。でも、サクヤお兄ちゃんは強いから、もっと強くなるし、魔力もどんどん増えるよ!」


「ありがとな」



 慰めかもしれないけれど、そう言ってもらえるのは嬉しかった。サランの頭を撫でてやっていると、水を飲んで少し落ち着いたらしい望実が腕の中から俺を見上げていた。



「どうした?」


「お兄ちゃんはサランの言葉が分かるの?」


「ああ、どうしてかは分からないけど、〈言語理解〉を使わなくても分かるんだよな。望実にはどう聞こえてるんだ?」


「普通の犬の鳴き声」



 フェンリルとウルフで犬同士、と言ってしまって良いのかは分からないが、似た種族だから言語が理解できるのかもしれない。望実が興味深そうにサランを見つめるから、サランの方が照れて俺の後ろに隠れてしまった。



「さてと。本当なら望実がもう少し回復するのを待ちたいんだが、追手がいる以上そういうわけにもいかない。そろそろ移動しようと思う」


「それなら、ノゾミお姉ちゃんはボクの背中に乗って! 運んであげる!」


「良いのか?」


「うん! ボク、力持ちだから大丈夫だよ!」



 自信満々にサランがそう言うから、試しに1度望実をサランに跨らせてみた。望実が体重をかけてもサランは堂々と立っていて、歩くことにも支障はなさそうだ。



「それじゃあ、このまま行こう」


「サラン、よろしくね」



 俺は望実に母さんを背負わせてから先頭に立つ。母さんを俺が持っても良いが、そうすると背後の警備が甘くなる。サランの能力がまだよく分からない今、万全の態勢でいるに越したことはない。


 歩き始めてしばらく、望実とリオラの途切れることのない会話と母さんの合いの手を聞きながら俺は手を動かしていた。〈土属性魔法〉と〈火属性魔法〉で鍛造したナイフでさっき切り倒した木の細かい枝を加工する。


 さすがに丸太の方は立ち止まっているときに加工したいから後回し。今はイメージを明確にすることを目標にして杖の形を試していく。


 ただの杖ではなくて偽装もできるものと考えると、やっぱりナイフの形が1番リオラの手に馴染むだろう。とはいえ投げナイフは使い捨てが基本だ。俺が逐一回収してやるわけにもいかないし、手元に戻るまでの間にやられてしまえばお終いだ。



「2本に分けるか……」



 独り言を呟きながら手元では枝を加工して、足は前に進み続ける。消耗するエネルギーが多すぎたのか、盛大にお腹の音が鳴ってしまった。恥ずかしくて後ろを振り返れない。



「サクヤさん、お腹空いたんですか?」



 リオラが心底驚いたように聞いてくる。純粋な疑問なんだろうけど、今の俺にはグサグサと刺さる。



「何かおやつになりそうなものは……」



 リオラは辺りをキョロキョロ見回し始めた。おやつも良いけれど、サンソル、地球で言う太陽はもう頭上に高く上がっている。



「おやつも良いけど、お昼ご飯にしようか」


「お昼ご飯?」



 リオラとサランが首を傾げる。どうやらこの世界ではお昼ご飯の概念はないらしい。まあ、お昼ご飯なんて安定的に食糧の確保ができる保証がなければ考えられないものだ。


 1日に食べなければいけない量が昼に分けても確保できると判断できないなら、朝と夜、もしくは獲物を捕らえたタイミングでお腹いっぱいまで食べてしまう方が賢い生き方。近現代の日本が異例なだけだ。



「俺たちの生まれた場所では朝昼夜にご飯を食べるんだ。リオラとサランはお腹が空いていれば食べても良いし、おやつ代わりにフルーツを食べても良いからな」


「ボクは食べる! お腹ぺこぺこ!」


「えっと、少しだけ食べたいです」



 元気いっぱいなサランと、控えめながら食欲はあるらしいリオラ。そうと決まれば、開けた場所で4人分のご飯を作ろう。



「フェンリルって、どのくらい食べるんだ?」



 一抹の不安を感じながら、俺は〈遠視〉で森の中に大きなクレーターを見つけた。


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