サイシナとウマイダケのウヌキジョウゲ炒め


 回りから身を隠せるようにクレーターの中に下りていく。そこに俺が〈土属性魔法〉で新しくキッチンと机、椅子、サラン用の皿を作って、休憩場所の完成。


 俺は影からサイシナとウマイダケ、ウヌキジョウゲを取り出した。〈水属性魔法〉でサイシナを良く洗ってからウマイダケと一緒に〈風属性魔法〉で適当な大きさにカット。ウヌキジョウゲは〈風属性魔法〉で加圧して粉砕させた。


 これで〈風属性魔法〉を使えば圧力の調整もできることが分かった。圧力調理もできるし、低気圧で頭が痛くなってもこれさえあれば対処できるはずだ。


 影からフライパンと塩を取り出して〈火属性魔法〉でコンロに火をつける。フライパンにサイシナとウマイダケをいれて、塩を振って軽く炒める。テフロン加工じゃないのに油を引き忘れた。


 影から追加でロフボアの切り身のうち脂身を取り出して、使う分だけ少し切り出した。これさえあれば旨味のある油で調理ができるはずだ。



「主食にチノイモを食べたい人は?」



 後ろを振り返って聞くと、望実がピシッと手を挙げていて、サランもしっぽを大きく振りながらよだれを垂らしている。リオラだけは首を振ったから、三人分用意すれば良いだろう。


 昨日ふかしておいたチノイモを影から取り出して、〈土属性魔法〉と〈火属性魔法〉を掛け合わせて作った箱の中に入れる。〈風属性魔法〉で空気を高速で振動させる。振動数が実際にどのくらいかはよく分からない。思い描くままに空気を揺らしていると、だけど辺りがじんわりと温かくなって、成功したことが分かった。


 そう、これは実験版の電子レンジだ。電子レンジはマイクロ波で対象が持つ水分子を揺らすことで、水分子同士の摩擦から熱を発生させる仕組みだったと記憶している。それさえ分かっていれば再現できないこともない。科学の授業、真面目に受けておいて良かったな。


 サイシナを炒めながら3分数えて、電子レンジからチノイモを取り出した。すると確かにチノイモも温まっていた。割ってみればふわっと湯気が上がって、良い香りがする。まだまだ改良の余地はあるけれど、初めてにしては中々の出来栄えだ。


 温めたチノイモに軽く塩を振って一品完成。その間にサイシナとウマイダケも良い感じに炒まった。こっちは4人分のお皿に移してテーブルに運んだ。



「お待たせ。朝採れサイシナとウマイダケのウヌキジョウゲ炒めと、望実とサランにはふかし芋だ」


「ありがとう!」


「ウマイダケ、よく見分けられましたね」


「サクヤお兄ちゃんすごい!」


「おう、ありがとな」



 口々に褒められると照れてしまう。俺は頬を掻いて照れを誤魔化した。とはいえ本当に見分けたのは俺じゃない。



『母さん、ありがとう』


『良いってことよ』



 母さんは周囲の見張りを続けながら、ニシシッと笑った。


 お世辞にもお腹がいっぱいになるようなメニュー。だけどみんな美味しそうに食べてくれた。リオラはよそった分を食べきると、満足そうにお腹を擦った。



「サクヤさん、美味しかったです」


「それは良かった」


「サクヤお兄ちゃん! おかわり!」



 ……もう少しだけ幸せそうに笑ってくれたリオラに癒されていたかった。


 だけどキラキラした目で見つめられると断りづらいものがある。夕飯のおかずにしようかと思って影に仕舞っておいた分をサランの皿の上に出してやると、サランはまたガツガツと食べ始めた。



「サランは良く食べますね」


「はへざははりははら」


「飲み込んでからしゃべりなさい」



 もぐもぐしながらもごもごとしゃべるサランに注意して、早々に半分以上が消え去った皿に意識を戻す。これだけで足りるのだろうか。



「ボク、まだまだ食べ盛りだから!」


「まだ食べ盛りなんだと」


「そうですか。それじゃあ、いっぱい食べて大きくならないとですね」


「うん! サクヤお兄ちゃん、おかわり!」



 サランは大きく頷いて、残っていたものを大きな口に流し込んだ。案の定おかわりを要求されて、ついため息が漏れそうになる。影からノーツウサギの厚切り肉を5枚出して、電子レンジで解凍。2つに増やしたフライパンをコンロの上に置いて〈火属性魔法〉で火をつけた。


 ここまでは完全にノールック。どれくらいの時間で良い焼き加減になるかは昨日ザックリ数えておいた。それを元にして、頃合いになったら〈風属性魔法〉でひっくり返せば良いだろう。



「あの、サクヤさんの魔法って、その、属性は……」



 いかに楽をするかと考えながら魔法で調理をしていると、リオラがおずおずと聞いて来た。リオラにはまだきちんと話してはいない。今朝まではまだ仲間ではなかったし、仲間でないならば話す必要はない。それどころか俺の命を縮めることになると思った。


 だけど今は仲間として行動を共にしている。それに魔法をリオラの目の前で使いまくっている。俺の警戒が足りないと言われればそれまでだが、素直なリオラをこれ以上疑いたくないと思ってしまっていたのは確かだ。


 疑いたくないのに、信じ切れずに魔法のことを話していない。矛盾した状況に気が付かされて、自分自身に呆れ果てた。


 それにこれから一緒位旅をするならば、背中を預けて戦うことになるかもしれない。手の内が分かっていれば取らなくて良かった行動を取ったせいで命を落とす、なんてことは避けなければならない。



「話すのが遅くなってごめんな。サランも聞いてくれ。俺は水、土、火、風、闇、聖属性魔法をイメージしたままに使える。それと、無属性魔法も使える」


「すごい! 流石サクヤお兄ちゃん!」


「それは……」



 無邪気に褒めてくれるサランとは対照的に、リオラは何とも言えない顔で俺をジッと見つめる。サランの頭を撫でながら観察してみると、リオラの中にあるのは驚きと恐怖を始めとした感情のようだ。


 その複雑な感情を表す表情の中に信頼が混ざって見えているのは嬉しい限りだ。それなら話は少しだけ簡単になる。俺はリオラに向かって、自分にできる1番穏やかな笑顔を見せた。



「リオラだから話したんだ」



 口止めと感情の掌握。リオラの表情に困惑が強く浮かんで、瞬きと共に消えて行く。



「話してくれて、ありがとうございます。あの、絶対に他の人には言いませんから」



 信頼していることを伝えることで相手の信頼を得る。人心掌握の基本だ。強いだけの人間はいつか撃ち落されるだろうからと心配して、桐山が教えてくれたこと。



「うん。ありがとう。表向きは闇属性ともう1つ何か、と思うんだけど」


「2属性も闇属性も稀有な存在です。あと聖属性も。他の4属性から1つを選んだ方が良いと思います」



 真剣にアドバイスをくれるリオラにまだ秘密を抱えていることで良心が傷むけれど、これはリオラのためと自分を正当化して誤魔化した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る