うさぎの飾り
リオラのアドバイスを元に、俺はこれから火属性の適性があることにすることにした。水はリオラが使えるし、風はサランが使えるからいざとなれば誤魔化しが利く。
生活には土属性の方が使いやすいけれど、これからも自分で鍛冶をするならば火属性の方が疑われずに済むらしい。将来は鍛冶屋でも開くかな。
「私も本で読んだり話に聞いたりしただけですけど」
「それでも十分助かってるよ。ありがとう」
「お兄ちゃん、そういうことを言うときは手を止めた方が良いと思う」
望実が呆れたように言うから、その事実にショックを受ける。望実に呆れられたのなんて初めてだ。思わずポロッと手から落としてしまったトーイスピーチは風の速さで移動したサランの口にホールインワンしてしまった。
そう、俺は背後で肉を焼きながら、手元ではナイフでデザートのトーイスピーチを切っているところ。トーイスピーチも魔法で切れば早いけれど、解体や調理と違って細かい細工は手作業の方が正確にできると分かった。
「望実に呆れられたら、お兄ちゃん生きていけない……」
手早く〈水属性魔法〉で手を洗って〈風属性魔法〉で乾燥させてから望実に抱き着くと、望実はトントン、と肩を叩いて慰めてくれた。癒される。ここまでがセットなら望実に呆れられるのも悪くないかもしれない。
「ごめんね。でも、なんだか信憑性に欠けたから」
「いや、望実は間違ってないよ。うん、礼儀もちゃんと身に着けているんだね。えらいぞ」
困ったように眉を下げられてしまえば、俺の負けだ。俺の妹は可愛い上にしっかりしている。昔はただただ天真爛漫な子だったのに、と感慨深くなる。
俺が感慨にふけっている間に、望実はリオラの昔の話を楽しそうに聞き始めた。リオラは戸惑いながらもナイフ投げ以外にも挑戦したことがある芸の話をしてくれた。
楽し気な望実を見て嬉しく思いながら、俺はまた椅子に戻ってトーイスピーチを切る手を動かし始めた。
『朔夜が望実に注意されるなんて初めてだね』
『うん。新鮮。呆れたり困ったりしてても可愛いから困る』
『私からすれば朔夜がシスコン過ぎて困るけど』
『喧嘩するより良いでしょ?』
母さんはやれやれ、と言いながら〈念話〉を止めてまた見張りに戻った。俺はその間にもせっせと手を動かし続けて、ようやく細工を完成させた。綺麗にお皿に盛り付ければなかなか可愛くできたと思う。
「可愛いですね!」
「うさぎりんご!」
「まあ、りんごではないからうさぎトーイスピーチってところだな」
うさぎりんごをイメージして飾り切りをしてみたものの、りんごとは固さが違うからやりづらかった。桃で同じことをしてみればこの難しさが伝わると思う。じゃあやらなきゃいいじゃんと言われるとそこまでなんだけど、やりたかったから仕方ない。
望実とリオラがキャッキャと喜んでくれている間にこんがりと焼きあがったサラン用のお肉もお皿に盛り付けて、〈風属性魔法〉でサランの元に配膳した。
「ありがとう!」
「いやいや。それよりもたくさん食べて強くなって、一緒に狩りをしてくれれば嬉しいからさ」
「うん!」
ニコニコと笑って頷いたサランは、目の前の肉にかぶりつく。
「うまうま……」
もぐもぐしているときにそう言葉を漏らすのを聞くと、可愛らしくて憎めないと思ってしまう。可愛い弟ができたような気分になっていることに気が付いて、自分で自分に呆れてしまう。
『朔夜、美味しそうで食べるところも多そうな鳥がこっちに突進してくるぞ』
『〈共有〉』
母さんの言葉を聞いて、即座に母さんの感覚を自分に共有した。確かにこっちに向かって突進してくるデカい鳥。デカいわりに動きは軽やかですばしっこい。見た目はダチョウみたいだな。
望実と母さんに任せれば確実だけど、今日は朝から歩き通しているし、望実はさっきようやく魔力酔いから回復したところだ。折角のんびりしてもらっているし、ここは俺が仕留めてしまった方が良いだろう。
『〈検索〉……あれはヤーチョウ。飛ぶことはできないけど、とにかく速い。ま、ダチョウだと思えば良いってことだね』
ダチョウ……ヤー……だめだ、あの人たちしか浮かばない。
『ヤーの由来は鳴き声からだって。ちょっと聞いてみたいね』
『そうだな。こっちからお出迎えしてやるか』
もう面白いものが見られる予感しかしない。母さんは楽しそうだし連れて行くとして、ここは誰に任せようか。ステータス平均だけ見ればこの中で1番強いのは望実。次いでサランとリオラ。だけど戦闘経験が1番多いのはサランだろうな。
「サラン。ちょっと腹ごなしの散歩に行ってくるから、ここ頼むな」
「うん! 分かった!」
最後のお肉を平らげたサランが元気に頷いてくれた。早いな。
「望実とリオラも警戒しておいてくれ。望実、弓を借りてくぞ」
「うん。何かあれば剣でどうにかするから大丈夫」
「私は、えっと……」
「リオラはとりあえずこれを使ってくれ」
俺はさっき作ったばかりの試作品をリオラに渡した。小型のナイフが1本とクナイを5本。ナイフは背の部分まで柄が伸びていて、先端に向けて細く魔力回路を構築している。これなら魔力を1点に集中させやすいはずだ。
「良いんですか?」
「ああ。まあまだ試作品だけどな。小型ナイフの柄の部分にはエグスの木を使ってる。遠距離ならクナイを投げるか、ナイフを杖にして魔法で戦える。近接戦になったらナイフで戦える。まあ、まだ戦闘訓練もしてないし、この場は望実とサランに任せて魔法で身を守れ」
「……はい」
リオラは少し落ち込んだようだったが、どう声を掛けるべきか分からない。
『朔夜、急いで』
『分かった』
「じゃあ、行ってくる」
俺はリオラに何も言えないまま、駆け足で森に飛び込んだ。
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