ヤーチョウを迎えて
望実たちがいるところからそう遠くない茂みに身を潜めていると、轟音と揺れが近づいて来た。
「ヤー!」
「マジでヤーって鳴くんだな」
『声は雉っぽいね』
なんて話していれば、ヤーチョウが俺たちの前を通り過ぎて望実たちの方へ行こうとする。大方肉の匂いに釣られたんだろう。
「ま、肉にしてやるだけだな」
『ダチョウ肉って赤身で臭みもなくて美味しいって聞くし、楽しみ!』
「母さんは食べられないだろ」
母さんを構えて背後から弓を引く。すぐに光の矢が現れて、無音の世界で矢が放たれる。昔少し練習したことがあったけれど、あのとき以上に綺麗な軌道で飛んでいく矢を見るのは気持ちが良い。
俺は光の矢に〈聖属性魔法〉で麻酔の効果を付与した。回復も麻酔も毒も、全て〈聖属性魔法〉で付与できる。トスッと矢がヤーチョウの首の付け根に刺さって、ヤーチョウはふらりと倒れ込む。
『朔夜、ありがとう』
「母さんこそ、急所を狙ってくれてありがとう」
ヤーチョウはそのまま影に収納して、俺は少し辺りを見回した。何か他に食材になりそうなものがあれば良いんだけど。
『うーん、この辺りは寒いからねぇ。あまり期待はしないでよ?』
母さんはそう言いながらも探してくれる。俺にはどの野草が食べられるのか分からないから有難い。〈検索〉は俺に直接使うスキルではないから、〈共有〉できなくて残念だ。
『あ、ミミイモ発見』
「ミミイモ?」
『まあ、菊芋的な? 生で食べても大丈夫。旬は冬。収穫してみる?』
「もちろん」
肉ばかりではどうしても栄養が偏ってしまうから、なるべく多種類の野菜も食べさせてあげたいところ。〈土属性魔法〉で土を掘り起こして、土がついたまま影に収納した。
『あとは、あっちにシラガナとズナズも生えているからそれを採って終わりかな。やっぱり他はないね』
「その2つの説明してもらっても良い?」
『えっと、シラガナはカラシの種子が採れるんだって。まあ、今の時期は葉の部分を食べるんだけど、それを食べると白髪が増えるっていう言い伝えでシラガナって呼ばれてるみたい。ズナズはナズナ、以上』
まんまか。
つい突っ込んでしまったけれど、名前の由来なんてそんなものかもしれない。ズナズの由来は気になるけれど。
少し歩いて見つけたシラガナとズナズを〈風属性魔法〉で収穫して影に収穫した。これでこの辺りの収穫は終わり。ファストの森に季節はない。日当たりの良い温かい場所か、日当たりの悪い寒い場所か、というだけ。この辺りは寒いから、日本なら冬にしか採れないものが年中生えている。
街に入ると季節が巡るらしいけど、北の大陸に夏はないという。春の気温と冬の気温が行ったり来たりするだけらしい。
「このまま戻るか?」
『その方が良いんじゃない? 望実たちが心配だし』
「そうだな」
来た道を戻って望実たちがいるところに戻ろうとした瞬間、背後からとんでもない轟音と揺れ、そして強い殺気を感じた。
後ろを見るまでもない。というより確認している余裕はない。〈闇属性魔法〉で影に通路を作って潜ると、机から伸びた影から地上に戻った。地面がグラグラと揺れるのを3人も感じ取って立ち上がっていた。
「わっ! お兄ちゃん!」
「サクヤお兄ちゃん、なんだか、凄い揺れてるんだけど……」
「サクヤさん、これは一体……」
戸惑う3人に説明している暇はないけれど、ここまで響いて来る揺れを考えればヤーチョウの群れが襲ってきたと考えるのが妥当だ。
「ヤーチョウの群れだ。迎え撃つ」
「分かった!」
サランが俺たちの前に躍り出て行って、フーッと毛を逆立てて威嚇し始めた。流石はフェンリル。威嚇だけで辺りの他の動物や怪物が森の奥に逃げ込んでいった。
「ヤーチョウ?」
「大きな飛べない鳥です。頭が小さくて首が細いので、剣で狙うなら首、弓矢なら胴体を狙うべきです」
リオラが望実にヤーチョウを説明してくれている間に、俺は母さんを望実に渡した。
「サランは望実とリオラを守ってくれ。望実は弓、リオラは魔法を中心にサランの後ろから援護してくれ」
サランが使える〈風属性魔法〉は〈空気凝固〉だ。シールド系の魔法が使えるならタンクとして後衛の二人を守ってもらいたい。
一方でリオラの〈水の弾丸〉は望実の弓と同様に遠距離型の魔法だ。その精度がどれくらいかは分からないけれど、近接戦よりは遠距離の方が良いことくらいは想像できる。
俺が影から剣を取り出した瞬間、森からヤーチョウが飛び出してきた。総数は8体。猪突猛進で突っ込んで来る。いや、鳥突猛進? なんてことを考えている場合じゃない。
「先頭狙う!」
「次は私が! 〈水の弾丸〉」
望実と母さんが放った弓は先頭のヤーチョウの首の付け根に見事に命中。ヤーチョウもその場でしばらく痙攣して動かなくなった。リオラが放った〈水の弾丸〉は少し軌道が逸れて、2体目のヤーチョウの胸元に直撃した。
「ヤーッ!」
〈水の弾丸〉を当てられたヤーチョウは甲高く空気を割くような声で鳴き叫ぶと、勢いを落さずにリオラを目掛けて突っ込んでいく。完全に恐怖で口が動かないリオラの前に、サランが立ち塞がる。
威嚇にも怯まない興奮状態のヤーチョウは目の前にサランがいても気が付いていないようだ。真っ直ぐにリオラだけを狙っている。
「〈空気凝固〉!」
サランが叫んだ瞬間、ヤーチョウの目の前の空気が固まった。そのまま空気の壁に突撃したヤーチョウは、あまりの衝撃で脳震盪を起こしたのかその場でフラフラし始めた。リオラは慌てながらも丁寧にその首を刈り取った。
俺は群れに突っ込んでいって前から順番に胴と頭を切り離すことを意識して剣を振るう。向こうは向こうで何とかするだろうと思いながら最後の1体を切り倒したとき、8体が突進してきたときの振動とは比べ物にならない揺れで地面がうねった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます